ちひろ美術館
童画家・いわさきちひろさんが最後の22年間を過ごした自宅跡にある美術館。
2002年に開館25年を迎えている。
以下、パンフレットから。
いわさきちひろ (1918-1974)
福井県武生市(現・越前市)で生まれ、東京で育つ。三人姉妹の長女。
東京府立第六高等女学校卒。藤原行成流の書を学び、絵は岡田三郎助、中谷泰、丸木俊に師事。
1946年日本共産党に入党。1950年松本善明と結婚。翌年長男猛を出産。
この頃より絵本画家として活動するようになる。
代表作に『おふろでちゃぷちゃぷ』(童心社)、『あめのひのおるすばん』『ことりのくるひ』(至光社)、
『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)、画集に『ちひろ美術館』『ちひろBOX』(ともに講談社)などがある。
1950年文部大臣賞、1956年小学館児童文化賞、1961年サンケイ児童出版文化賞、
1973年ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞等を受賞。
1974年肝ガンのため死去。享年55歳。
「世界中の子ども みんなに 平和としあわせを」という願いをこめて、子どもを生涯のテーマとして描く。
1977年、ちひろ美術館・東京開館、1997年、安曇野ちひろ美術館開館。
昨年安曇野のほうには家族旅行で行き、これで2館とも見たことになる。
安曇野はちひろさんのご両親が晩年暮らしていた、ちひろさんにとって思い出深い土地。
わたしは安曇野の、のびのびとした構えが好きだなぁ。現在は冬期休館中。
彼女の絵は水彩絵の具を使って、とてもやわらかなタッチで描かれています。
子どもの一瞬の表情を見逃さない観察眼、そこから生まれる実物に捉われない配色と構図。
40年後に私が見てもハッとさせられる。
ちひろさんの絵を知っていくにつれて、
「いわさきちひろ」という女性にもっと近づいてみたくなった。
旦那さまの書いた本を読むと、穏やかという以上に意思の強い女性、という印象を受ける。
ちひろさんの生きた時代に、絵描きとして、しかも女性が生計を立てていくのは難しいことだった。
にもかかわらず絵が新聞などの挿絵に使われ始めたのは、彼女の行動力と縁があったからこそ。
本当のことから目をそらさず、まっすぐに生き抜いたちひろさん。
彼女がもし存命であったならば、2009年の日本で何を思い、どんな生き方をしたのだろう。
この熱が冷めないうちに、いろんな本を読み漁ってみるつもり♪
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