アイルトン・セナ
Ayrton Senna
●2003.05.04
AS+F 6月号 アイルトン・セナ10回忌『9年目の真実』
http://www.sun-a.com/master/teiki/...
なかなか充実した内容でした。
『F1グランプリ特集』5月号
http://www.sonymagazines.jp/mag/...
◎セナが「天才」と呼ばれる理由
という特集があります。
もう一点。昔、ライバルだったネルソン・ピケの特集が懐かしかった。連載のコラムで『嗚呼 バンカラ野郎列伝』です。「ヤルことはヤル。責任もきっちり取るぜ!!」と。面白そうです。
●2003.05.01
今日はセナの10回忌。時が経つのが早いですね。10年目ということもあり、F1関係の雑誌にてセナの特集があります。HONDA青山ショールームではMotoレーサー加藤大治郎選手の追悼メモリアルコーナーが5/18まで開催されている。
セナと同じ様に事故で逝ってしまった。
あの時の事を思い出します。
GRAND PRIX SPEED-F「サンマリノGP号」
http://www.f1.panasonic.com/ja/...
AS+F 6月号 アイルトン・セナ10回忌『9年目の真実』
http://www.sun-a.com/master/teiki/...
Tribute to AYRTON SENNA~アイルトン・セナに捧ぐ~
http://www.universal-music.co.jp/...
●2003.04.04
先日、フジTVで特番やってましたね。驚きました。
現在活躍する若手のドライバーの多くは
「セナに憧れていた。」という。
彼の事をいつまでも忘れないでほしい。
私はセナを尊敬しています。
セナは何処となくナイーブで、いつも遠くを見つめ物思いに耽っている姿が好きだった。いつも聖書を持ち、神を信じ、念願の母国ブラジルで優勝した時「神を見た。」と彼は言った。あの事故の時、今宮さんの押さえ切れなかった涙の報告が忘れられない。私も一緒に泣いた。毎晩のように泣いた。
その年、ミラノへ行った時にモンツァ・サーキットへ行った。彼の駆抜けたモンツァの森。イタリアGPが終わった直後で静かな雨の中のサーキット。雨が涙を誘う。私は徒歩で一周した。看板やウォールの至る所にセナへの追悼の言葉が書かれていた。サーキットのスタンドのすぐ脇には古い民家もあり煙突から煙が出ている。GPになると静かな家も賑やかになるのだろう…。
セキュリティしかいない静かなモンツァを後にした。
彼が亡くなってからもう8年になるのか…。
月日が経つのが早い。
先日、セナの本を整理していたら、
セナが書いたメッセージを見つけました。
事故に遭ったなら一気に死にたいと思う。
車椅子の生活を僕は望まない。
どんな怪我であろうとも
病院で痛みに耐えながら生きたいとは思わない。
生きるとすれば 100%の人生を送りたいんだ。
激しい人生を過したい。
だって僕は過激な人間だからね。
部分的に生きられないとすれば
僕の人生は台無しになってしまう。
アイルトン・セナ
彼自身がそう語ったように本当にいってしまった。
もしかしたら幸せだったのかもしれない。
「追悼の辞。」
駆け足で生き急ぎ、突然に旅立ってしまった彼へ。
赤井邦彦
アイルトン・セナが亡くなって6年が経った。
「去る人日々に疎し」という言葉の通り、今F1グランプリの現場でセナの名前を聞くことはほとんどなくなった。セナはすっかり記録ブックの中の人となってしまった。セナが亡くなったとき、世界中が狂ったように騒ぎ立てた。なぜなら彼の死はJ・F・ケネディ大統領以来のテレビ中継された公人の死だったからだ。それも、グランプリ・レースの真っ最中、時速200km以上でコンクリートの壁に激突して亡くなるという、衝撃的なものだった。加えてセナの存在の大きさがあった。
日本人は彼のウェットなメンタリティが自分たちのそれと似通ったものだと、セナに特別なシンパシーを感じたようだが、それは何も日本人だけが気づいていたものではない。欧米の、ドライだと言われる空気の中に生きる人にも、セナのウェットさが受け入れられなかったとは言えない。かえって日本人以上にそのことに気づき、日本人以上にセナのことを理解した人たちがいたのも事実である。セナが亡くなって6年も経つのに。そして普段では彼が生きたF1グランプリの世界でさえ語られることがなくなったのに、突然小誌のように彼のことを振り返る企画が計画されるのは、これまた何も日本だけの特徴ではない。彼の生まれた国ブラジルはさておくとしても、ヨーロッパのあるいはアメリカのメディアが突然セナの記事を掲載して、読者の心をつかむことがある。それは何故か?恐らく、世界中の多くの人たちが、セナのような人生を送りたかったと願いつつ生きているからだろう。人間の生き様はもちろん時代に大きく左右されるが、時代を超えて光を放つことができるものを持った人もいる。その光は時代に助けられればさらに明るい光になり、反対に時代に疎まれもそこで道を失いかけた人たちの足元を照らす役割はするだろう。セナの生き様は、明らかにその先駆的役割を果たしたと言える。それはJ・F・ケネディ大統領がアメリカ合衆国の大統領でありながら、アメリカを超えて世界の人々の心に訴え掛けた存在の大きさに似ている。
彼がいれば大丈夫。
ただ、気をつけなくてはならないこともある。すでに言葉を持たないセナを、あるいはケネディ大統領を、我々の無知の手で汚してはならないということだ。自ら出世や名誉のために彼らの名前を使うことは止めた方がいい。例えば、まさにそうした私欲のためにセナの死を何年にもわたって裁判所の法廷に置き去りにした、イタリアのある検察官のような卑劣な真似は断じて許されるものではない。小誌は、そのことに細心の注意を払ってこの特集に取り組んだつもりだ。すでに読者の、あるいは我々のようにセナと時間を共有したことのある者の中でも、セナの記憶は色褪せてきている。だが、それはそれでそっとしておこうではないか。彼が激しい光を放っていたときこそ彼が実際に生きていたときであって、今色褪せた記憶の中にあるセナは、我々の心の襞の中に生きるセナを忘れないように。その心の中のセナと、我々はそれぞれの言葉で静かに語ればいいのだ。
「F1 CLUB 2000 volume31」 より
- 団体名: マクラーレン・ホンダ
- 音速の貴公子
- モナコ・マイスター
- ウィリアムズ・ルノー
- ブラジル
- Ayrton Senna da Silva
- 2003/05/04更新
- 2002/09/07登録
- 4599クリック
「Ayrton Senna」を検索
このキーワードを共有する
-
メイン
コメント (29)
最新コメント5件
2003/05/08
yoshibei2002 あの事故からレギュレーションやコースのシケインの変更など大幅に変わりましたね。今のF1マシンは頭部を守るように作られていますね。一番驚いたのは給油システム。むか~し、アンドレア・デ・チェザリスがゴール直前にガス欠で押してフィニッシュしたのがステキでした。笑)結構好きでしたね~。
CLASH あーゆー暴れ者は最近見ないなー。
お団子のカタワレ 古館さんから『犬も歩けばチェザリスに当たる。』『壊し屋チェザリス』等色々な異名を頂戴してましたね(笑)
お団子のカタワレ チェザリスの手押しフィニッシュは91年でしたね。昔のF1ではレース中の給油が無い時代何人かが手押しでフィニッシュしていました。
yoshibei2002 プロストもやってたの覚えてます。
- すべてのコメント »
つながりキーワード (18)
アラン・プロスト
- (teccirio)
また何か企んでいるんでしょうか? 近ごろ露出が多くなってきたように感じます。 今回は、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)のチャリティレースに参加し優勝。 参加メンバー...
アイルトン・セナ
- (ガクタロ)
音速の貴公子、アイルトン・セナ 今なお多くのファンや関係者から史上最高と称えられている偉大なレーシング・ドライバー。幼少期からゴーカートに親しみ腕を磨いた後、ヨーロッパ...
ブラジル・ボブスレーチーム
- (おが)
ソルトレイクシティー・オリンピックに出場が決定! 第2の「クール・ランニング」という感じもしなくはないけど、こういう人たちがオリンピックで頑張ってくれるのはとても嬉しい...
F1
- (ココット)
Formula one 世界最高峰のモーターレース. 1996年の第5戦サンマリノGPから見始めてかれこれもう7年. 見始めた当時は,ヒル&ビルヌーヴのウィリアムズルノー全盛の時代.それが...
ベネトンB186
- (panhead)
私が一番好きなカラーリングです。マシンとしてはB188のほうが良かったような記憶がありますが、F1マシンのカラーリングの中でベストと思っています。
ミハエル・シューマッハ
- (仇吉)
この人にとっての制裁金100万ドルなんて、蚊が止まったようなもんなんだろう。 来月の電話代を自販機の釣銭口でかき集めようとしているくまとしては、たまにしか乗らないジェッ...
Mika Hakkinen
- (HAKKY)
元F1ドライバー(2001年を最後に休養) フィンランド出身 1998-1999年 F1ワールドチャンピオン 通称 FlyingFin 若い頃は「無口」「神経質」「速い...
エディ・ジョーダン
- (minekono)
F1チーム「ジョーダングランプリ」のオーナー。 いかにもアイリッシュのおっさんな風体。 しかも○○○ばればれらしい...(苦笑) でも若手ドライバーの発掘はなかなか。 シュー兄弟どっちもの...
T-SQUARE
- (はづき)
1976年結成のフュージョンユニット。メンバーの入れ替え多々ありつつ現在はギターの安藤まさひろとサックスの伊東たけしの二人で活動。 中学・高校の頃一番聴いていたバンドで...
Jenson Button
- (お〜ぐろ)
今イチオシのF1ドライバー 1980.1.19生まれ イギリス出身はサマーセットの出身 ヨーロッパのドライバーらしくカート、F3という段階を経て 2000年にWill...
ミカ・ハッキネン
- (Hiden)
2001年シーズンを最後に引退したF1ドライバー。1968年9月28日、フィンランド、ヘルシンキ出身。1991年アメリカGPでロータスよりF1デビュー。93年、マクラーレ...
Michele Alboreto(ミケーレ・アルボレート)
- (お団子のカタワレ)
元F1ドライバー。 アイルトン・セナとともにF1ドライバーの中で最もドライバーの安全を考え、行動したドライバーの一人。 彼のそういう人柄を尊敬しています。 2度の大ク...
Alain Prost
- (お団子のカタワレ)
言わずと知れた、F1ドライバー。 私は彼の「強い」走りに魅了された一人です。 彼がいたからこそF1を好きになったのだと思います。 ニックネームは ・Professor ...
F1モナコグランプリ
- (こばひっ)
「世界3大スポーツイベント」というと、「オリンピック」・「サッカーワールドカップ」という二つは簡単に出てくるのだが、残り1つの椅子には何が来るのだろうか。 いや、ずっと「F1グランプリ」だと...
Gerhard Berger
- (HAKKY)
オーストリア人元F1ドライバー 現 BMWモータースポーツディレクター 通称:F1界のチロリアン 女好き、遊び好き、悪戯好き 14年間の長期に渡り、F1界に君臨し、常にト...
ホンダ・ビート
- (emm)
ああ、もう10年前なんだ・・・かつての愛車。 色はカーニバルイエロー(だったっけ?)つまり、黄色。 新車、というかナンバー付き新古車のビートを、人に言えない値段で譲ってい...
アイルトン・セナ
- (sky-farm)
昔、私は「F1おたく」というくらいハマっていた。 当時はプロスト、マンセル、ピケそして中嶋悟など役者が揃っていた。そんな中でもアイルトン・セナというブラジルの国民的英雄は...
アイルトン・セナ・ダ・シルバ
- (まつけん)
かの有名な音速の貴公子。私も彼の影響でF1にのめり込んだ一人であります。しかし1994年5月1日のサンマリノGPで悲劇は起こりました。65回目のポールポジションを獲得、そ...







ブラジル・ボブスレー...
アイルトン・セナ・ダ...
T-SQUARE


