タイカン ノ セイセイルテン
大観の生々流転
横山大観の重要文化財「生々流転」が、国立近代美術館で展観されている。40mにも及ぶ長い長い絵巻物で、同館での全巻展示は2年ぶり。今回は同時に、4階の特集コーナーで「光と墨の水墨画 近藤浩一路の世界」も開いている。3月8日まで。
なるほど大絵巻、というのは、このような迫力か、と思わされる。1階の特設ギャラリーは、当然のことながら、この絵巻で一つの壁面を独占だ。絵巻物の展示というのは、どうしても観覧者が絵巻の細部を覗き込み、どこの展覧会でも相当の混雑にならざるを得ないが、金曜日の夜、見に行ったら観覧者より監視人の数が多いほど。ゆっくりと鑑賞ができた。
「万物は永遠に生死を繰り返し、絶えず移り変わってゆく」。大気中の水蒸気からできた「1粒の水滴」が川をなし海へ注ぎ、やがて龍となり天へ昇るという水の一生、という結構である。岡倉天心のもとで、菱田春草、下村観山らとともに近代日本画の革新を目指した大観が、東洋の精神を基盤に西洋画の手法を取り込みながら、新しい表現様式を追求した時代。輪郭線を使わず、色彩の面的な広がりにより空気を描こうとした朦朧体(もうろうたい)の技法などはその代表的な例といわれる。
面白いのは、川が下っていくにつれ、山の木の表情も変わり、川に舟を浮かべる人などのモチーフがその大きさを替えている。鹿や猿などの生き物も描き込まれている。最後には海の中に生まれた渦、黒く湿った風が龍とともに天へと立ち昇ってゆく、のだと思われる。というのも龍は雲に隠れて定かな姿は見えていない。
4階の「近藤浩一路の世界」。近藤浩一路は、1884-1962の画家。洋画家として出発し、漫画や挿絵で人気を博しながら、水墨画に転じた異色の画家。
その出世作《鵜飼六題》(1923年)は、横山大観《生々流転》と同年に制作され、同じ年の再興日本美術院展に出品された作品です。奇しくもともに、その東京展初日に関東大震災に遭遇しましたが、無事難を逃れ、当館の所蔵するところとなりました。大観の《生々流転》と浩一路の《鵜飼六題》という水墨画の大作を比較しながら、ご覧いただく絶好のチャンス――と同展の説明書。
◇
その他、所蔵作品展で、山口華楊の「耕牛」に描かれた牛の存在感、手前にさいげなく描き込まれた小さな花の印象が強かった。鏑木清方の「三遊亭円朝像」も、円朝とはかくなる人であったであろうと思わせる。どうも最近、洋画より日本画に興味が移ってきたようだ。
- 2009/02/22登録
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