パンツが見える。―羞恥心の現代史
1915年某日、神奈川県の海岸に女の水死体が漂着した。事件を伝える新聞の見出しはこうだった。「猿股(さるまた)穿(は)いた女死体!」当時はパンツを穿いた女性が珍しかったのだ。パンツはどのようにして一般化したのだろうか?この本にはパンツ普及の歴史と羞恥心の変化に関する考察がだらだらと書き連ねてある。著者によればパンツ受容の歴史はそれほど単純ではなかったようだ。
白木屋デパートの火災(1932年)からズロースが広まったとする話は有名だが、これは事実ではない。着物の裾が乱れるのに気を取られて命を落とした女性など一人もいなかった。火事場の野次馬に陰部を見られてしまったとしても、それほど恥ずかしいことではなかったからだ。1930年代は公衆便所で男女が一緒に立ち小便をすることもあった時代だ。壁に向かって立つ男と、同じ壁に向けて尻を突き出す女とが、時には並んで世間話など交わしながら…。大和撫子の幻想は修正すべきだろう。とにかく、新聞に尾ヒレを付けられた「白木屋ズロース伝説」は広く知れ渡ったが、ズロースの普及には貢献しなかった。
革新派は「女性の社会進出に伴って動きやすい服装とズロースが普及した。」と主張する。服飾の歴史解説ではこの説を採用することが多い。しかし著者はこのパンツ史観もバッサリ切っている。それだけで説明するのは無理があると。ただし進歩的な女性が早くからズロースを着用していたのは事実で、ある左翼活動家は当局から拷問を受けた際に、「女のくせにズロースをはいてやがる。」と言って竹刀で殴られたという。パンツの受け入れ態勢は地域や職業だけでなく、様々な条件によって大きく異なっていた。
パンツ普及の過程で起こった羞恥心の変化は驚くべきものだ。パンチラが恥ずかしい(嬉しい)という感情は普遍的ではない。1950年代前半までの女性は汚れたズロースでさえ見せ放題だった。恥ずかしく感じるようになった理由にはいろいろあるが、デザイン性を重視したパンティが登場して女性のナルシシズムや娼婦幻想を投影できるアイテムになったとき、その秘密を見られる恥ずかしさが生じてきたという分析がある。女性からの異論もあるだろうが、個人的にはこの辺で納得しておきたい。
目次
1.白木屋ズロース伝説は、こうしてつくられた
2.パンツをはかなかったころの女たち
3.ズロースがきらわれたのは、どうしてか
4.「みだら」な女も、はいていた
5.パンチラをよろこぶ感情が、めばえるまで
6.ズロースからパンティへ
7.くろうと筋からの風俗史
8.一九五〇年代パンチラ革命説
- 商品名: パンツが見える。―羞恥心の現代史 (朝日選書)
- 価格: ¥1,470
- 著者: 井上 章一
- 出版社: 朝日新聞社
- 発売日: 2002-05
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- 2009/03/03更新
- 2009/03/03登録
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コメント (2)
2009/03/04
chagale 面白そうですね。視角が良さそう。それにしてもパンチラ以前に、シミーズ?シュミーズ?がスカートからはみでているのを「シミチョロ」とかいって、なんかそれとなく注意をされるような対象だったのが、いつの間にか「それは昔の観念」といわんばかりに、ともかく下着が正面にせせり出してきて、ファッション業界では「インナーのアウター化」だとかなんだとか。「チラ」がチラの領域にある段階と、チラの領域を出て白日の下に曝される段階とでは、何か価値の変換が行われていると考えるのが妥当なんでしょうね。ズロースがパンツになって、いまやパンツといえば、昔のズボンのことになってしまって……。位相が、知らず知らずのうちにずれてゆく。これがまた興味深い。
サボタン シミチョロも今は死語なんでしょうか。恥ずかしさの感情は意識して変えようと思っても無理なのに、時代によって激変してしまう。興味深いのはこの変化が、道徳教育や啓蒙活動ではなく、主として生活習慣の変化によって起こったことです。恥ずかしいからパンツを穿いたのではなく、ノーパンは恥ずかしいと教えられたからでもなく、パンツを穿いたら恥ずかしくなってきた。心の深い部分につながっていて変わることがないと思えるような価値観も、実は表層的な日常生活に依存しているのかもしれませんね。
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