ヤクルト(スワローズ)とわたくし
僕はヤクルトの社員だったことがあります。当時のスワローズは野村監督が就任したばかりで、池山や古田などがバリバリに活躍していた頃。「ID野球」などと呼ばれ、おそろしく強かった時期ですね。事実それまでは社員カードを見せれば神宮球場にはフリーで入れたのですが、なにしろものすごい人気だったのでいつのまにか外野のみにしか入れないようになってしまったほどでした。
3連戦の初戦には必ず外野席に登場するチアガールは、当時は女子社員の希望者により構成されており、可愛い子がチアとして出場する時はよく試合そっちのけで生ビール片手にチアガールのパンチラ見物に目を血走らせていたものでした。優勝がかかった一戦では当時の僕のようなペーペー平社員は渋谷駅ハチ公前に動員がかかったものでした。何をするのかというと、優勝が決まった瞬間にヤクルトを周囲の観客に配布するため。テレビモニターを数台設置して、背の小さい奴がツバ九郎(マスコットキャラ)の着ぐるみに入り、残りはスワローズのハッピを着てメガホンを持って応援(笑)。九回2アウトともなると保冷車に準備しておいたヤクルトを運び込む。そうなるとにわかに観客も色めきだち(たかが1本35円の飲み物欲しさに・・)優勝が決まった瞬間から配りだすのだが、これがなんとも収拾がつかない。さながら飢餓難民の子ども達状態(笑)。しかし配って感謝されるのは課長連中や女子社員の役目。僕達はカラの収拾係。当時はなんで俺がこんなゴミ拾いをやらんといかんのだ、と思っていましたが、今思うとそんな瞬間は本当に社内が祭りのようで、日本シリーズの時期などはろくに仕事もせずテレビにかじりつきだったし、とても楽しかった記憶があります。何しろバブル期の終わりくらいですからね。
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