吉田健一の文章
秋口の少し肌寒い夕刻。冴えた月を空に従えてぶらりと街に出る。さてどこで飲もうか。いや、先ず軽く食べておこうとくぐった暖簾の向こうがふんわりと包み込む暖かさで、つい居心地がよく、倒した銚子の数も増える。
ままよ、この店で飲もうと決めた頃には、隣席の紳士と話しが弾んでいる。いい誂えの背広を無造作に着て、医師か弁護士か、はたまた一部上場企業の部長かといった風体なのだが、いやに人懐っこい目をした紳士で、ちょうど親父が死んだ頃の年格好である。既に一杯聞こし召したご様子と見えて、品のいい口調ながら、いつ終わるとも知れずに話しかけて来る。しかし、面白い。
吉田健一の文体は、そんな紳士がご酒を召した時の語り口に似ている。
僕は、性格はぼんやりしているのだが、文章はくっきりしたのが好きで、句読点を打ち損じたような文章を読むと、それが名のある作家でも思わず朱を入れたくなるような人間である。ところが、この吉田健一の文章は、ぬらぬらとどこまでも続くので、どこかに句読点を打ってやろうと思うのだが打てない。ちょうど素人には鰻の頭に錐を打つのが難しいようなものである。仕方なく読み続けているうちに、どうしたものか彼の酩酊状態がこちらにおよび、なんだか知らずふわふわと読み進んでしまうのである。こういう文章は、内容がどうこういうものではない。酒を飲むのに栄養価など気にしないように、要するに味わって楽しめば良いのである。
本来であれば、彼の文章の魅力をかいつまんでご紹介すべきなのだが、今言ったような事情で要約することができない。どれでも好きなものを手に取ってお読みになれば良い。一杯目と二杯目と、どちらの酒が旨いか問うているようなもので、彼に限っては、どの文章でも同じなのである。
- 2002/09/20登録
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