suzuki izumi
鈴木いづみ
「わたしはおとこでもおんなでもないし
性なんかいらないし
ひとりで遠くに行きたいのだ」
「速度が問題だ
人生の絶対量は、はじめから決まっているという気がする。
細く長くか太く短くか、いずれにしても使い切ってしまえば
死ぬよりほかにない。
どれくらいのはやさで生きるか?」
かつて女という生き物のなかに
いづみがいたのだった
いづみはもういないけど
わたしのからだの片隅に
わすれても わすれても わすれても
いつもいづみはいたのだった
「忘却してはいけない。決して。
それがどれほどつらくても。
でないと、もう歩けない。
…遠すぎて」
――このように母にはたくさんの友達もいて、作家関係を通しての知人だってたくさんいました。それなのに、かなしそうな顔で「不幸感がつのる」と呟いていたのです。 幼い私には、その『不幸』だとか『悲しい』という意味が全く分からず、母の心境も全くわかりませんでした。
しかし今ではその『不幸感』というのが痛烈によく分かります。友人や知人がたくさんいようといまいと、心境というものが『悲しみ』や『不幸』というポジションに辿り着いてしまった以上、『不幸感』は変わらないのです。―― 鈴木あづさ
彼女はこうも言っていた、
「女は娼婦になれなかったら、母親になるしかない」
簡単な話 そういうことで わたしは娼婦でいたいんだったのに
それさえ忘れるところだった。
間違ってない。
十年以上も強く惹かれすぎているから――
熱狂はしないで 遠くから見てる 今も。
- 2009/07/03更新
- 2009/07/03登録
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