2009年新人選手選択会議 @ NPB
ドラフト会議に行こう!
最初のプロ野球ドラフト会議が開かれたのは、私が小学校に上がる前のことだった。
この年──1965年の指名選手リストを見ると、鈴木啓示(近鉄2位)、木樽正明(東京2位)、長池徳二(阪急1位)、藤田平(阪神2位)、堀内恒夫(読売1位)らが入団している。一方で、谷沢健一(阪急4位)、江本孟紀(西鉄4位)、平松政次(中日4位)をはじめ、指名された132名のうち実に80名が入団を拒否している。
と同時に、このときのパシフィック・リーグ6球団がひとつとして残っていないことにも、今さらながら感慨深い。思えば、ホームグラウンドの藤井寺球場のロッカールームがあまりに汚いと、獲得した外国人選手が帰国してしまったという逸話を持つ近鉄は、よく健闘したといえるのだろう。
高騰する契約金を抑え、チーム力の均衡をはかるために導入されたはずのドラフトはその後、“盟主” を名乗る球団とそのとり巻きによって換骨奪胎されてしまった。今年はどんなルールで新人選手が指名されるのだったか。
そのせいかどうか、日本野球機構(NPB)は今年ドラフト会議を一般に公開するという(10月29日午後3時開場)。会場のグランドプリンスホテル新高輪に、抽選で1000名を招待する。応募はNPBの公式サイトから、締切りは9月27日午後6時。各チームの熱狂的なファンがどんな反応を示すか、今から楽しみだ。(文中敬称略)
- グランドプリンスホテル新高輪
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住所:
東京都港区高輪3-13-1
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- 電話番号: 03-3442 -1111
- 2009/09/08更新
- 2009/09/08登録
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