樋口一葉と泉鏡花
底なし沼
樋口一葉が亡くなったのは明治29年11月23日。
24歳と6ヶ月の命でした。
死因は肺結核ですが、その引き金になったのは
長年の貧窮生活が故の栄養失調です。
「文学界」の北村透谷が自殺したのが明治27年。
島崎藤村(春樹)は、その頃はまだ新参者でした。
当時「博文館」の編集者だった泉鏡花は、或る日原稿を取りに人気の出始めた一葉の自宅を訪れます。
病的な潔癖症だった鏡花は出されたお茶にも手をつけようとせず、依頼した原稿が書けていない一歳年長の一葉(本名:奈津)に催促してから去って行きます。
おそらく鏡花は、一葉の抜けるような肌の白さと時折首筋を撫でるような仕草から、彼女が結核であることを敏感に観て取ったのでしょう。
走るようにして逃げ帰った鏡花は、途中薬屋に寄って「うがい薬」を買い、何度も何度もうがいをします。
そして、その脚で今度は床屋に行くと髪を短く刈り、
とって返すと風呂屋で全身をくまなく洗い浄めます。
これだけでも鏡花の潔癖症は明らかですが、彼は更に着ていた着物を脱ぎ捨て、それを焼いてしまいます。
お茶もお酒も沸点まで熱してから口をつける。
大根おろしは煮てから食べる。
泉鏡花の面目躍如です。
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