スクナヒコナジンジャ
少彦名神社
大阪市中央区にある薬の神や交易の神を祀っている神社。
毎年11月22~23日には健康増進・商売繁昌を願って行われる神農祭(しんのうさい)があり、多くの人々で賑わいます。大阪の1年の祭はえびす祭(えべっさん)で始まり神農祭で終わるため、「とめの祭」とも言われ、神農さん、として大阪の人々の間で親しまれています。
文政5(1822)年、大坂でコレラが流行した際、道修町の薬種仲間が疫病除薬として「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきうおうえん)」という丸薬を作り、少彦名神社の神前で祈祷をして施薬した。この時に、病除祈願の御守としてあわせて施与したのが「張子の虎」で、その効能が顕著であったため、以来「張子の虎」が少彦名神社の御守として知られるようになった。当時の丸薬は、今では2つしか現存していないとの事です。
〜歴史〜
江戸時代 船場界隈は各藩の蔵屋敷があり、全国の物資を集め、米等は現金に変えていた為、町人文化で大変賑わっていた。
寛永12(1635)年 堺商人の小西吉右衛門が店を開いたのを契機に東西1キロの通り沿いに薬種商が集まり出す
享保7(1722)年 幕府は薬種中買仲間株124人を公認。和薬種改会所を設置
安永9(1780)年 薬の安全と商売繁昌を祈願するため、薬種中買仲間で組織する伊勢講が、少彦名命(日本の薬祖神)を以前より祀っていた神農氏(古代中国最初の統治者といわれている、特に医薬を司った)とともに合わせ祀り、少彦名神社が創建された
天保8(1837)年 大塩平八郎の乱で会所が焼失。3年後、小祀を建て遷座
明治時代 神社合祀で政府の指定する最低規模の神社になり無各社の神社になる
明治17(1884)年 神社の崇敬団体薬祖講が設立
明治43(1910)年 社殿等を新築(今の社殿はこの時の物、現在国の登録文化財)
昭和55(1980)年 本殿を修復
平成19(2007)年 薬祖講が大阪市無形文化財(民俗行事)に指定される
神農祭を支えるのは『薬祖講(やくそこう)』といわれる団体で、頭屋(とうや)制度という講の中から委員が選出され、祭が運営されているそうです。
こういう運営は、大阪のような大都市では非常に珍しいということで、『薬祖講行事』は大阪市の無形文化財に指定されています。
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