センダイ・アオバマツリ
仙台・青葉まつり
“仙台祭”とよばれた東照宮祭礼は、藩政時代、東日本屈指の祭として知られていた。
1655(明暦元)年、東照宮建立の翌年に始まったこの祭の主役は祭礼行列で、足軽組・騎乗の武頭(さむらいがしら)と供廻(ともまわり)、その後に各町の山車(だし)、御輿(みこし)と続く。
各町は豪華な山車を誇り、大きなものは高さ約12メートル、担ぎ手は最大72人、最も多い年で70台もの山車が城下を練り歩いたとされる。
『近國遠國までも音に聞こえて群衆せり』(やくたい草)の記述があるように、祭礼当日の仙台城下は大変賑わったという。明治維新後は、天長節奉祝(明治4年)、桜ヶ岡神宮祭礼(明治5年)、青葉神社祭礼(明治15年)、招魂祭(明治20年以降)にその伝統が受け継がれたが、1899(明治32)年の仙台開府300年祭が最後となった。
1956(昭和31)年にまつりが復活したが昭和40年に途絶え、伊達政宗公没後350年祭の1985(昭和60)年に、青葉神社例祭を市民の祭りとして復活したのが「仙台・青葉まつり」。毎年5月第3週目の土・日に開催され、2009(平成21)年に節目の第25回目を迎えた。高さ約6メートルの山車は、往時に比べ小振りではあるが、藩政期の町人たちの粋を感じつつ、すずめ踊りのお囃子とともに仙台の時代絵巻を味わえる。
- 2009/10/27更新
- 2009/10/22登録
- 1534クリック
このキーワードを共有する
-
トラックバック(0)










