フランシーヌノバアイ
フランシーヌの場合
フランシーヌの 場合はあまりにも おばかさん♪
で始まる1969年3月30日の日曜日パリで
焼身自殺したフランシーヌ・ルコントを歌った歌。
ベトナム戦争への抗議とのことですが あまりにも
激しい青春は当時どう受けとめられていたのか
きれいなフォークゆえ 逆にインパクトありました。
ホントのことを 云ったら
オリコウに なれない
ホントのことを 云ったら
あまりにも 悲しい
作詞 いまいずみあきら
作曲 郷伍郎
歌 新谷のり子
- 2002/10/18登録
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コメント (6)
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2002/10/18
陸離 女学生ではなかったのですか??
雲衣。 中学か高校の教師だった筈です。男の子が15歳か何かで(とにかく未成年で親に訴えられ)「淫行」になった。ボクも今ちょっと調べてビアフラ飢餓やベトナム戦争に反対して焼身自殺した清純な女子高生とか女学生になっているのに少し驚いています。
陸離 それは70年の「愛のために死す」という映画にもなった事件ですね。
それとは別に当時戦争への抗議による焼身自殺がフランスで流行していたようです。
雲衣。 ベトナムの僧侶と日本でもエスペランチストが抗議の焼身自殺をしています。フランスでの「流行」は知りませんでした。それにしてもフランシーヌ・ルコントという名で呼ばれるその女性の情報があまりにも少ないのです。パリの何処でだったかも彼女は何歳だったかも不明です。新谷のり子さんも不自然なほどに彼女に関してはその後言及していません。
陸離 心に残る歌として愛されたら歌い手としてはそれで充分だと思います。♪ひとりぽっちの 世界に残された言葉が
ひとりぽっちの世界にいつまでもささやく♪私としては当時映画の原作本を読んでたおませな屋台大作戦の自分にびっくり。意外なとこに飛ぶのがここの面白さですね。雲衣さん 思い出させてくれてありがとう!
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