Joséphine Baker, Miki Sawada and Grace Kelly
黒いヴィーナスとふたりの親友(3)
ニューヨークのミッドタウンに、かつて「ストーク・クラブ」という名高いナイトクラブがあった。常連客にはケネディ家やアーネスト・ヘミングウェイ、チャーリー・チャップリン、フランク・シナトラ、マリリン・モンローらが名を連ねる。「イヴの総て」をはじめ、映画やドラマにも登場する。
しかし・・・そう、白人ばかりだ。このクラブを別の意味で有名にした “事件” がある。ジャズ歌手レナ・ホーンが訪れた際に、オーナーのシャーマン・ビリングズリーが入店を拒否したのだ。曰く「ご予約は?」。このとき、同行していたジョージ・ジャッセルは歴史に残る名言を吐いている──Abraham Lincoln did.
1951年、ジョセフィン・ベーカーもこのクラブを訪れている。店内には入れたものの、料理が出てこない。抗議する彼女の姿を見て自らのパーティをほうり出し、彼女の手をとってさっさと帰ってしまったのがもうひとりの親友、グレース・ケリーである。ふたりは、このときが初対面。ケリーがこの店に足を運ぶことは、二度となかった。
多くの支援者の尽力もむなしくミランド城が人手にわたるというとき、すでに公妃となっていたケリーは “虹の部隊” 12人をモナコに招く。一方で、公妃が主催した赤十字のチャリティ集会で金銭トラブルが起こった際には、ベーカーはすべての予定をキャンセルして彼女のためにステージに立ち、窮地から救っている。
澤田美喜とケリーの出逢いはエリザベス・サンダース・ホーム設立の1年後、寄付金集めの講演会を米国で開いたときだった。このふたりもその後、親交を深めていく。澤田は53年、ホームの敷地内に孤児たちが差別や偏見なく学べるように小・中学校を創立。62年には、彼らの就業先としてアマゾンに農場も開いた。彼女は生前、2000人近い混血孤児を育てている。
ホームの設立10周年を記念して編纂された写真集『歴史のおとし子』に、パール・バックが序文を寄せている。彼女もまた、7人の孤児を養子として育てた。また、谷本清の反核平和運動にも支援の手をさしのべている。
ケリーは1929年、ペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。ハリウッド女優からモナコ公妃への転身など “華麗な” 面ばかりがいわれるが、父の死の報に接したときの次の言葉が彼女の半生を物語ってもいる。だからこそ、結果はどうあれ、子どもたちにはあふれるほどの愛情をそそいだことだろう。(文中敬称略 この項おわり)
一度でいいから、父に愛されたかった グレース・ケリー
#Josephine Baker: The First Black Superstar(5) (6)
- 商品名: グレース・ケリー写真集
- 価格: ¥3,990
- 著者: ディグビィ・ディール,ハウエル・コナン(写真) ケイ・ディール
- 出版社: 講談社
- 発売日: 2009-07-16
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- 2009/11/20更新
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コメント (4)
2009/11/20
おでんの玉子 澤田さんの様に出自が良いわけでも、ジョセフィン・ベーカーの様なタレントがあるわけでも、グレース・ケリーの様な美貌と気品があるわけでもないけど、彼女等みたいに毅然と、自らの信条を大切に生きていきたいです。
anoano 見事なトリアーデが完成しましたね。「澤田美喜・ベーカー・ケリー」。彼女たちを繋ぐ共通のものは、「無償の愛」、ですね。たぶん、いま最も軽視されている領域じゃないですか? いや、じつに贅沢なものを拝読しました。あと、レナ・ホーンの「リンカーンが予約したんだよー!!」(ぐらいでしょうか?)は、笑えました。立派ですよ、ホント!こんな切りかえし方、ふつう、できませんもの。
四月の旅人 玉子さん。それはとても疲れますし、ときに食えなくなる危険をはらみつつ(笑&涙)も、どこかで気分だけでも忘れないでいたいと思っております。
四月の旅人 anoanoさん、おそまつ・・・でした(笑)。“子ども手当” をめぐる議論に、ちょっとイラッとしましたので。
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