メ ヲ ミガケ
眼を磨け
立川談春・著 『赤めだか』(扶桑社、2008.4)を読んでいて、ふと気になるシーンに出くわした。
こんな件(くだり)である。
少し長くなるが引用する。
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談志の一日は朝の儀式からはじまる。
起床後すぐに洗面所に飛び込み、しばらくすると家中に響く大きな声で、オエーッ、オエーッ、と叫びだす。初めて聞いた時驚いて洗面所へ飛び込んで、
「師匠、大丈夫ですか」
と、聞いたら、涼しい顔で、
「うん、舌の掃除をしてるんだ。」
と答えられて力が抜けた。舌苔(ぜったい)なんていう言葉がまだ一般には知れ渡っていない頃から、談志(イエモト)は毎日熱心にそれを取っていた。それから歯みがきがはじまる。前歯用、奥歯用、歯間ブラシに糸ようじと十本近くある歯ブラシをすべて歯にあてないと、気持ちが悪い、と云って談志(イエモト)は三十分近くかけて歯をみがく。
「師匠は歯磨きが終わるまでは、お茶の一口でも手をつけることはないから、お茶を入れるタイミングを間違えるなよ。まぁ、朝の儀式みたいなもんだな」
と教えてくれたのは志の輔兄さん。
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落語家の商売道具である歯・舌・口腔を朝一番に「磨く」という、話芸の天才・立川談志ならではの逸話といえる。
これで思い出したのが、こちらも天才!写真家アラーキーである。
荒木 経惟の『天才アラーキーの眼を磨け 』(平凡社、2002/08)。
これは、アラーキーの大学時代のクラスメイトである竹原あき子氏をインタビュアに、和光大学表現学芸部芸術学科の企画で行われた対談エッセイだ。
この中で、竹原氏の質問に対するアラーキーの答えがコレ:
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■ 朝目覚めて何をする?
バルコニーから青空を撮る。
眼を磨くんだよ。
毎朝、歯を磨くみたいに。
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自分の仕事の道具として一番大切なものを朝一番に「磨く」という行為(すなわち「考え方」)は、その分野は違っても思想はつながっているのだと感心することしきり。
プロフェッショナルの流儀、プロフェッショナルの儀式には、論理を超えた情緒を感じる。
今は亡き天才作家の星新一は、創作の途中、何度も何度も手を洗うための休憩を取ったそうだ。
おそらく、作家は「手を磨く」ことによって、発想する「脳を磨いて」いたのであろう。
当然、朝一番も然り。
ちなみに、我が家で飼っているチンチラ(テンジクネズミ)は、目覚めると懸命にヒゲを磨いている。
両の手(前足)を交互にクロールするように動かし、その指でヒゲを梳(と)かしている。
ネズミにとってヒゲは、間合いを計るアンテナとして最も大事な道具なのだ。
さて、われわれ一般庶民は、朝起きて、ナニを磨いて来たのだろうか?
年末に一年を振り返るとともに、我が生業(なりわい)の最も大事にすべき「道具」とはなんだったのかを考える日々である。
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