土曜ドラマ劇場
向田邦子「阿修羅のごとく」
向田邦子が和田勉に渡した脚本は、そのまま小津安二郎の映画に窯変したとしてもおかしくない。
むしろ、そのほうが自然だとも言える。
日常の風景の中で如何にも然り気なく演じられる家族の営みは、それぞれが抱える個別の座標軸を基準に血の繋がった『他人』を観察し合う、作用と反作用の心理的格闘であると同時に、共通する自己葛藤への憐憫と激励に彩られてもいる。
そんな目で二人を見比べてみると、TVと映画の違いはあっても、小津と向田の「家族」と言う一個の宇宙に対する姿勢は実に良く似ていると思わせられるのだ。
このドラマは観る者の無防備な背中にふわりと「阿修羅」を降り立たせ、立場も環境の違う五人の女に、それぞれの心の襞に宿る「我が愛」を自問させることで、我々に今を生きる意味を飄々と尋ねる。
極めて静的でありきたりな風景を舞台に選ぶことで、「阿修羅」は音もなく我々の心の奥にまで入り込んで来る。
人間はそもそも不器用な生き物であり「みすみす実らないと判ってたって人は惚れるんだよ」と考える向田邦子の視点は、妹・和子の『向田邦子の恋文』によって暴かれた自身の屈強なる恋愛観を基盤にしているが、それを死ぬまで気づかせない度量の大きさは、みずから命を絶った恋人の死に様を我が目で見届けた女でなければ持ち得なかったかも知れぬ。
強烈な圧力で内封された自我。
誰もが触れることのできない、牙を剥いた「静謐」。
1981年8月22日。
向田邦子は51歳で事故死したが、
生前彼女は、愛猫「マミオ」にこう囁いている。
『 マミオは偏食・好色・内弁慶・小心・テレ屋・甘ったれ・
新しもの好き・体裁屋・嘘つき・凝り性・怠け者・
女房自慢・癇癪持ち・自信過剰・健忘症・医者嫌い・
風呂嫌い・尊大・気まぐれ・オチョコチョイ
・・・きりがないからやめますが
貴方はまことに男の中の男であります。
私はそこに惚れているのです。 』
飛行機事故で亡くなる前、既に向田邦子は乳癌除去手術で右手が利かず、「父の詫び状」を左手で書いていた。
更に、持病の肝炎が悪化しつつあって、仮に命を永らえていたとしても、作家生命はそれまでのようには持続できなかった・・。
いつもは無口で短気な向田が台湾から電話をかけてきた時、妹の和子と母親はその饒舌ぶりに驚いたと言う。
写真は「割れた玉子」
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コメント (7)
最新コメント5件
2002/10/24
涙腺子 「割れた玉子」は恒太郎(四人姉妹の老父)の浮気相手が暮らすアパートを探し当てた時の、象徴的シーンです。買物籠から落ちて割れた玉子に込められた、「夫婦の絆の崩壊」と妻の動揺・・。和田勉らしい演出でした。
赤坂の「ままや」には何度もお邪魔しましたが、残念ながら平成10年3月に閉店されましたね(涙)。
2002/10/26
ゆきち 雲井さんと涙腺子さんの素性を知りたい今日この頃です。(すいません、話題と関係が無くて)
涙腺子 雲衣さんとは「蕎麦打ち楽座」で知り合ったのですが、如何にもタダモノならずと言う雰囲気で・・ボクは単なるヨッパライ(笑)。これに「拾得」氏が加わると実に濃密な空間になりまして・・何と申しましょうか、誰も近づきたがらない(笑)。物好きな方は、是非一度信州・松本に。
2002/10/31
Cocoon 涙腺子さま、キーワード化ありがとうございます。向田さんとは、「満足のいく手袋見つからなければ、手袋なしで過ごすような人」。しかし、結局満足のいくものは見つかることはなかったそうです。そして、彼女は終生独身でありました。
2003/09/09
sumi 死後何かの雑誌で「岩下志麻の演技のどこが上手いのか」とか「加藤剛の歯並びはそろいすぎて駄目云々、崖から突き落としてみればいいかもしれない」などと言っていたと和田勉氏が伝えているのを読んで、激しく面白い気性の人でもあったんだなあと思いました。それぐらいじゃあないとこれほどの作品は書けないのでしょうけど。
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