シヌトキ ニ コウカイスルコト 25
死ぬときに後悔すること25
毎週、仕事で北海道と東京の間を往復している。
一年で約50往復、移動手段は飛行機だ。
その搭乗前に必ず行う「或る事」がある。
「ありがとうメール」である。
携帯電話で、妻宛に、今から飛行機に乗る旨のメールを送る。
メールの文面は、その時々で様々だが、最後に「ありがとう」の一言を添える。
有り得ないと思いつつ、もし万が一、飛行機事故に遭遇した場合、助からないことは必至だ。そして、もしかしたら、このメールが「最後のメール」になるかもしれない。
…と、考えつつ、そのときの気持ちを認(したた)める。
普段、当たり前と思っているが、直接、声に出して云(い)うのも照れてしまう。
そんな「ありがとう」を、メールならば、「云える」ような気がして始めた習慣である。
ましてや、これが最後かも知れないと思うと、やはり伝えておかねば後悔することになる。
そんな思いを2年近く続けている。
…ということは、200通程の「最後のメール」になったかもしれないメールを書いたことになる。
幸いなことに、いまだに、元気で生きているから、飛行機到着後に「今、着いたメール」も同じ数だけ送信していることになる。
携帯電話の必要性の是非を云々する議論もあるが、ボクの場合、このためだけであっても、携帯電話は有っていいと思える。
先日、同じような話を本で読んだ。
大津 秀一(著) 『死ぬときに後悔すること25』
(1000人の死を見届けた終末期医療の専門家が書いた)
緩和医療医である著者が、終末期に在る患者との出会いの中で遭遇してきた「後悔」のうち代表的なもの二十五を紹介した本である。
そのなかの二十五の事例のうち、最後に挙げられたものが、
「愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと」
…である。
この「後悔」だけはしたくないなあ、と改めて思った。
今日は、クリスマス・イブ。
クリスマスのプレゼントだけでなく、
「ありがとう」の一言、大切な人に伝えていますか…!?
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