しょうしゃのだいしょう
勝者の代償
インターネットがその片棒を担いだニューエコノミーの繁栄は、アメリカ社会に何をもたらしたのか?
私的要約:
ニューエコノミーのもとで、ほとんどの人々は、その親の世代よりはるかに多い収入と物質的に恵まれた生活をおくっている。「買い手」としての我々は、より良い製品やサービスをより簡単に選択できるようになっている。
しかしニューエコノミーにおける「売り手」としての我々は、買い手をつなぎ止め、顧客を維持し、機会をとらえ、契約を逃がさないために、益々激しく戦わなくてはならない。技術革新は加速し、労働は長時間化する。そして、全ての勝利は一時的なモノで、未来を保証するモノではないから、人々が息を抜く暇はない。
この激しい戦いを遂行できる者は一部の人間に限られるために、そうした人間は常に供給不足で、彼らの所得は押し上げられ、一方そうでない者の所得は押し下げられる。経済が進化するほど、収入格差は拡大していく。
そして勝者は、買い手としての多くの選択肢の中から、自分たちにあった「より良い」ライフスタイルを選び取る。
教育を例に取れば、勝者は誰でも通うことの出来る普通の公立校は選択せず、「優秀な生徒」により多くのコストをかける優良校に子弟を通わせ、金を落とす。その結果、落ちこぼれや問題児のいる学校では、そうした生徒の比率が更に高まり、同時に資金不足に陥っていくという悪循環が加速する。
こうした「より良い選択」は、「教育」だけでなく「居住地域」「医療」「保険・年金制度」等、生活のあらゆる領域に置いて進行中である。強者は益々強くなり、弱者は益々虐げられる。これがアメリカに輝かしい勝利をもたらしたニューエコノミーの別の側面であり、社会は、より保証の弱い、経済格差の大きい、階層化されたモノになっていく。例えバブルがはじけても、「より良い製品やサービスをより簡単に提供する」競争が続く限り、階層化は進展するのだ。
著者はクリントン政権時の労働長官ロバート・ライシュ。
任期半ばで辞任したことで当時物議を醸した。
当時の代表的な反響:「よくやった」「勇気ある決断だ」
批判意見:「あなたの辞任は、大きな権限を持つ仕事とバランスのとれた豊かな人生は両立しない事を、労働長官みずから示したものである」
特に出世街道をばく進するキャリアウーマンからの反発は強かったらしい。「仕事と幸せは両立しないのか」と。
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