チンモク
沈黙
村上春樹の「沈黙」という短編小説を読んだ。
大沢さんという男性が「僕」に、過去もっとも嫌いになった人物と、それにまつわる心の傷について語る内容。『村上春樹全作品1979-1989第5巻』に収録されているので、かなり昔に書かれた作品だと思うが、とても面白かった。
僕が怖いのは青木のような人間ではありません。ああいう人間はおそらくどこにだっているのです。僕はそういう人間の存在についてはもうあきらめていますー中略ーでも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違った事をしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっともでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当たりもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任をも取りやしないんです。本当に怖いのはそういう連中です。(村上春樹「沈黙」より引用)
そして僕が真夜中に夢をみるのもそういう連中の姿なんです。夢の中には沈黙しかないんです。そして夢の中に出てくる人々は顔というものを持たないのです。沈黙が冷たい水みたいになにもかもにどんどんしみこんでいくんです。そして沈黙の中でなにもかもがどろどろに溶けていくんです。そしてそんな中で僕が溶けていきながらどれだけ叫んでも、誰も聞いてはくれないんです。(村上春樹「沈黙」より引用)
この作品を読むと、若い頃からすでに大衆批判的テーマがあったのがわかる。
彼ら(一般大衆)と自分は違うんだというプライドを持ちながらも、完全には切り離されてはいないことを感じているからこそ夢の中では顔を待たない人々が、「沈黙が冷たい水みたいに」しみ込んできて自分もどんどんそれに溶けていく。大衆を批判しつつ、どこかで一体化するのではと恐れている感じがとてもよく出来た短編だった。このテーマが、『心臓を貫かれて』 の翻訳や『アンダーグラウンド』『約束された場所で』などの執筆につながり『1Q84』へと複雑怪奇化(笑)して発展していくのですね。
Wikipediaには『1Q84』の 執筆の動機と背景について、以下のように書いてある。
地下鉄サリン事件について『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』に書いた後も、裁判の傍聴を続け、事件で一番多い8人を殺し逃亡した、林泰男死刑囚に強い関心を持ち、「ごく普通の、犯罪者性人格でもない人間がいろんな流れのままに重い罪を犯し、気がついたときにはいつ命が奪われるかわからない死刑囚になっていた——そんな月の裏側に一人残されていたような恐怖」の意味を自分のことのように想像しながら何年も考え続けたことが出発点となった。(Wikipedia『1Q84』より引用)
- 2009/12/24更新
- 2009/12/24登録
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