聖書
すべての物語の原型がここにあるようです。
毎晩、フトンの中で数ページ読んで寝ます。
いくら俺でも、聖書だけはフォトリーディングしたりしません。
去年の暮、足の踏み場もないくらいあふれていた本を
本棚ひとつに入るだけ残して
手放しました。
そしてもし最後の1冊を残すとしたら・・・と考えながら並べていきました。
最後に残ったのが聖書でした。
ゆっくりゆっくり時間をかけて聖書を読もう。
そして祈る。
生きとし生けるものに感謝して。
受けるよりも
与えることに
しあわせが
ある
使徒行録20の35
- 2010/01/23更新
- 2010/01/23登録
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コメント (4)
2010/01/23
花野のK 聖書、、いいですね~、、。。24歳頃、キリスト教にどっぷりはまっていました。母と私で、英語でお説教をしてくれ、後から通訳してくれるという今日会でした。初めはhearingと讃美歌にひかれてでした。どんどん深みにはまって、「洗礼」を本気で受けようということになって、2人とも、父に激怒され、、離縁してからやってくれと言われ、、、。目が覚めました。それからは、教会にも通わず、聖書ばかり読んでいました。旧約の【ヨブ】が好きです。もう、今は数行で、眠りに落ちます(爆)「与える喜び」ほんとにそうですね~、、。聖書は世界のベスト・セラーですものね。
takumi-nana-babu Shimo.様 旧約から読みはじめています。人生をノアの方舟に重ねて、のりかかった舟だ、とやかく言っても仕方ねぇ。でも俺はいったいどこへ行くのやら、と思いを巡らせてみたりしながら読んでいます。(笑)使徒行録は新約なのですよね。いまの私には、新約と旧約が別物であることが、まだわかっていないのですが、区別がつくぐらいまで読みすすめたい(虎の巻なしで)ものだと思います。この使徒行録の言葉は、40年近く文通を続けているカトリック幼稚園の先生(Sr.)ー現在80歳を過ぎたーからいただいた絵葉書に書かれていました。 花野のK様 聖書は究極の積読書でした。生きているうちに読んで良かったと思います。私は幼稚園の3年間だけ、カトリックに接しました。ヨブにたどり着くまでには、しばらく時間がかかりそうです。花野のK様のお言葉は、いつも慈しみ深く、今回のメッセージもなるほどと拝読しました。私は、つっかからずに生きることができるように、そろそろ悟らなくちゃ・・・の次元です。
2010/01/24
takumi-nana-babu Shimo.様 物語を読むように聖書を読んでいました。それじゃぁ趣味の読書ですね。宗教でもなんでもないですね。でも、今の私は、宗教を、とくに祈りを必要としています。それは、あくまでも個人的なことであり、いわんや布教などとは、全く無縁です。聖書を読むことで、そのドアを叩こうとしていたのかもしれません。多くのことに気づかせていただきました。貴重なコメントありがとうございます。今日は新約に”挑戦”してみようかな、という気になっています。
takumi-nana-babu Shimo.様 目から鱗です。「信仰」と「宗教」の区別がまったくついていませんでした。(苦笑) 実は、江戸の思想や荘子を併読しているのですが、それらも見事にごちゃまぜになっていたようです。闇鍋をつっつくような読書では、いつまでたっても思考の整理がつかないですね・・・ いただいたコメントから、多くのことが得られました。ありがとうございます。
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