失われた日本語に寄せるレクイエム、その一編の
森繁さん①:久世光彦著『ニホンゴキトク』より
TVドラマ・『小石川の家』(1996年1月1日放送:テレビ東京)録画を観ていて、あるシーンで不覚にも涙。青木玉(作家・幸田文・長女)原作の同名随筆集(書籍情報)のドラマ化。気難しく生活全般に目の利く文豪の祖父・幸田露伴。祖父への尊敬・愛をもって接する母・幸田文。孫・青木玉の目から見た、一家族の慈愛に満ちた劇です。
文(田中裕子)と娘・玉(田端智子)が、文の離婚により、実家(父・幸田露伴の「蝸牛庵」)に戻る。そこで露伴(森繁久彌)の死までを過ごした日々。その生活誌(脚本・筒井ともみ:演出・久世光彦)。
当ドラマの再放送、DVD化の見込み無しの様子。なので、ここは、久世光彦の随筆「森繁さん①」(随筆集『ニホンゴキトク』所収・講談社文庫)に描かれた、私が涙を流したシーンの描写を紹介。
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●「森繁さん①」(210頁~)要約。
久世さんが師匠と仰ぐ俳優の故・森繁久彌さんはアドリブの達人だった。しかし、良い台詞の時はそれをしなかった。『小石川の家』撮影時を振り返り、森繁さんの俳優としてのその凄さが滲み出る場面について語る。そこでの台詞をすべて記述して、久世さんは、この随筆を締め括る。蝸牛庵が空襲に。露伴はそこから逃げるのを拒む。爆弾が炸裂し火の手が迫る中、娘・文は、決死の説得をする。
◇少々、長いですが、いい台詞なのでその全文(213頁より)を引用。
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露伴「馬鹿め、まだそんな所にいたのか、お前たちはどこへでも逃げろ」
文 「私はお父さんの傍を離れません。どこへ行くのも嫌です。行きたくありません」
露伴「行け」
文 「いやです」
露伴「強情っ張りが」
文 「どうでもいい、お父さんが殺されるなら、文子も一緒のほうがいいんです。どこの子だって親と一緒にいたいんです」
露伴「許さん、粗末は許さん」
文 「いいえ、大事だからです」
露伴「おれが死んだら、死んだとだけ思え。念仏一遍、それで終る」
文 「いやです。そんなの文子、できません」
露伴「・・・・・・・・・・」
文 「お父さんは、文子の死ぬのを見ていられますか」
露伴「見ていられる。それだけのことだ」
文 「(父にすがって)それでは、文子は何ですか」
露伴「子だ」
文 「子とは何ですか」
露伴「ケチなことを言うな。情とは別なものだ」
文 「それじゃ、文子の、このお父さんを思う心はどうしますか」
露伴「それでいいんだ」
文 「あんまり悲しい」
露伴「人間、悲しいに、はじめから決まっている」
(一行アキ)
森繁さんが、泣いていた。裕子さんも、泣いていた。私の目も曇って、モニターの二人の顔が見えなくなって困った。(終)
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こういう撮影現場があるんですね。森繁、田中、両名優の、役に入り込み感情移入した迫真の演技・・・父娘のギリギリの状況下での台詞。私もそれに見入り、自然と目頭を押さえていた。あァ、だんだん涙腺がゆるくなってきたなァ、歳かァ!
●『ニホンゴキトク』書籍情報
●『ニホンゴキトク』総篇の書評
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