カゼノナカノマリア
風の中のマリア
オオスズメバチ「マリア」の視点から、生死をかけて戦い抜く一生を描いた昆虫生態小説。読んでいる自分がオオスズメバチになったような気分を味わえる、不思議なものがたり。
「生物が遺伝子を残そうと奮闘するのではない。遺伝子が生物の肉体を借りて次世代へと生き残るのだ」昨今はやりの遺伝子論をふまえて、一匹のオオスズメバチの誕生から営巣のシステム、生死をかけた闘争、世代交代までのめくるめく毎日が緻密に記録される。ところどころ哲学的な雰囲気が漂うのは、マリアの自我の揺らぎが見え隠れする描写のせいかもしれない。
働き蜂のマリアは女王蜂のために、次世代を育てるために、戦いの飛行を繰り返す毎日。戦利品は、捕獲した昆虫の胸肉団子。マリアは樹液と幼虫の吐き出す液で生気を得て、また次の戦いに出かける。でも、それだけならただの生態記録だ。この物語には、子を生まずひたすら働き続ける女戦士マリアのかすかな戸惑い、自身に課せられた役割への疑問についても、人間臭くならない程度に触れられ、そこはかとない共感を誘う。そして、新しい女王蜂が誕生するまでの意外な事実が次々と明かされてゆくところで、幾度となく息を呑む・・・ここら辺ですでに「マリア」になりきっているワタシ。
TV界では「困ったときのスズメバチ頼み」といわれるほど、スズメバチ(退治)特集は秋の夕方のニュース番組では視聴率を稼げるという。この作品を手にした当初は、主人公がオオスズメバチだから迫力があるのだと思っていた。
でも、そうじゃない。
戦闘描写にリアリティがあるのは、作者の精緻な観察力だけでなく、喰うものvs喰われるものに寄せる敬虔なまなざしがあるからだろう。
さらに、登場するハチの名前もふるっている・・・ドロテア、ドルガ、アストリッド、フリートムントetc.なんとも雄々しい響きだ。これが「刺し子」や「ハチベ-」はたまた「ブンブン太」だったら、きっと興ざめだろうな。
安易なヒューマニズムで読者を絡め取らない、漠々とした終わり方がいい。じんわりと広がる、いにしえからの暗く深い謎。遺伝子の記憶は開いているような閉じているような・・・ポツンとした空間に漂っている余韻がいつまでも続いている。
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