かんばんけんちく
看板建築
今、神保町の「看板建築」の写真を撮っています。
「看板建築」とは、
関東大震災後、昭和初期の東京とその近県で
つくられるようになった商店建築のスタイル。
銀座などの一級地ではなく、下町に多くみられた。
木造の町屋に銅版やモルタル・タイル張りで
西洋風のファサードをくっつけたもの。
昭和初期の商人の西洋趣味を感じることが出来る。
建築史家の藤森照信が命名。
神保町は第二次世界大戦の被害を
受けなかったため、
現在も昭和初期につくられた看板建築を
街並みの中にみることが出来ます。
本棚の本のように並べられた古書店街は
昔は看板建築で埋められていたのでしょうねえ。
神保町のブランドイメージを形成した看板建築が
今はもう数えるほどしか残っていません。
再開発で最近もいくつか取り壊されたらしい。
神保町は今後どんな街変わろうとしているのか?
それはビジネスとして、またマーケティング的に、
効果的なのか?正解なのか?
ということをパンフ形式でまとめる予定。
景観系(?)の研究室のゼミなので、
写真にうるさくて、先週から毎週通っています。
毎週写真を撮っています。
かなり楽しい。
下は参考文献。
http://www.sanseido-publ.co.jp/publ/...
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追記
課題終了。
パンフのレイアウトは散々。
スケール感覚、構成力の無さをおもいしらされました。
はぁ。看板建築は建築を作る際の物理的・技術的制約
がなくなりつつある、その移行期に建てられたもので、
日本の街並みが混沌としてきたのは、
看板建築以降なんじゃねーの?って結論です。
制約ってのは、山形浩生さんの空間『ローレンス・レッシグ』
を参考にしました。
- 2003/02/20更新
- 2002/11/10登録
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銅板建築(2) ― 古い店舗を活用し地元活性化
- Watch our steps ! - blog | Tracked: 06.9.24 10:33 pm
“昭和レトロ”の主張、地元の話題の提供、手作り商品(料理)のイメージなどを切り口に、銅板建築を一つのシンボルにしてしまうなんてこともありえませんかね。古い形そのままを残すのも手です...
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