現代焼酎考/稲垣真美
ほんの少し前、「焼酎ブーム」などというものがあったことも、今は昔の話になった感がある。あのころ手に入りにくくなっていた銘柄も、現在では比較的すんなりと購入することができるようになった。
もうちょっと昔にさかのぼると、ブームは1985年頃にも起こっていたそうだ。この本は、その前回のブームの時に出版されたものである。
著者の関心の範囲によるものか、泡盛に対する言及が比較的多く、直近のブームを牽引した鹿児島の芋焼酎については驚くほど僅かしか触れられていない(種子島・青ヶ島・八丈島など、「シマ」の芋焼酎にはそれなりの分量が割かれている)。しかし、黒糖焼酎や甲類焼酎などにも目配りがされており、内容は豊富である。
25年も前の本だが、最新の情報でなければ意味をなさない、という類のテーマではないので、今読んでもためになるし、なるほどと思わせるところも多い。とりわけ私が「我が意を得たり」と思ったのは、以下の蒸留(など)に関する記述である。
・「通常の[蔵元の]見学では、蒸留機の細部の仕組みや、その先の精製や濾過の装置については秘密の部分として案内されないか、見学を拒否されるのが例である」(137頁)
・「多田[雅信。福岡の麦焼酎の蔵元]さんは、焼酎を美味にするポイントは蒸留部分にあると気づいて、十数年来試作・改良を重ねて、ようやく納得のいく品質のものが蒸留できる部品を製作した」(148-149頁)
私はある時から、蒸留というのは、麹や芋の種類などよりも、もっと決定的に味に影響をおよぼすファクターなのではないかと考え始め、しかしそれについては、基本的には「常圧か減圧か」という以外の情報が語られることが少ないのはなぜだろう、と、もどかしい思いを抱いてきたのだが、上の記述はその答えを見事に与えてくれている。たしかに蒸留というのは味を決めるかなり重要な要素なのであり、しかし重要であるがゆえに、そうやすやすと公開されるようなものではないのだ。
蒸留といえば、この著者は減圧蒸留をやたらと目の敵にする「常圧至上主義」者で、これにはすこし辟易するのだが、これは、減圧蒸留の焼酎が市場に受け入れられ、増産されていった時代の産物なのだろう。私は個人的には減圧蒸留の焼酎をあまり好まないのだが、焼酎は常圧であるべし、などと意固地になる必要はまったくない、と思う。
<付言すると、そんな減圧を敵視する著者の「減圧式の場合は、醪を蒸留するに当って、醪に与える圧力を真空状態にすることで減らし、フーゼル油など不快な匂いや雑味の成分をあまり出さないようにする。……これに対して常圧式によるものは、当然醪に圧力が強くかかるので、種々の成分が侵出して、フーゼル臭もつきものである」(65頁)という記述は、明らかな事実誤認である。減圧蒸留では、醪に圧がかからないから「不快な匂いや雑味の成分」が侵出しないのではなく、減圧によって醪の沸点が下がるために、「不快な匂いや雑味」が多い高沸点の成分が抽出されないのである。常圧だから圧が強くかかって成分が侵出、というのももちろん誤り。>
- 2010/05/04更新
- 2010/05/04登録
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コメント (2)
2010/05/06
coupe男爵 稲垣さんという物書きは、作家とライターが未分化の時代の書き手ゆえ、2000年代になると批判も見られますが、25年前は雑誌も無く、こういう新書が結構役立ちました。
宝の「純」から始まった甲類焼酎ブームは1970年代後半だったと思います。
三楽、マンズワイン、旭化成、合同酒精などが名を連ねました。
1985(昭和60)年前後というと、「二階堂」「いいちこ」の大分勢、「さつま白波」「雲海」の南九州組が活発になりだした頃です。「天照」もありましたし、にんじんや紫蘇原料のおもしろ焼酎も少しブームでした。その後の流れを俯瞰すれば「酒は世につれ、世は酒につれ」が見えてきて面白いですね。特に新聞などの広告は。
sjo k. コメントありがとうございます。/いろいろ詳しく書いていただき、私などが付け足すことはないのですが、「おもしろ焼酎」という点についてだけ、確かに、手元にある『焼酎の事典』(これも1985年の刊)を眺めていると、グリーンピースやらサフランやら小麦胚芽やら紅茶やらシイタケやら大豆やらトマトやら、いろいろなものが80年代のブーム時に湧いて出た様子がうかがえます(検索してみると、それらの多くが今でも細々と販売されているようです)。直近のブーム時に世に出たものでわりと有名になったのは、牛乳焼酎、でしょうか。
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