いい顔してる人/荒木経惟
レンズ光学の入門書を買おうと思って、本屋の工学のコーナーに行った。いくらか手に取ってみたが、今の私に必要な本とは違う、と思った。それでカメラのレンズについて書かれた本にしようかと、写真関連書のコーナーに行った。いくらか手に取ってみたが、やはり違う、と思った。近くにあった撮影テクニックの本もいくらか手に取ってみたが、それも違う、と思った。
その時、ふと、隣の棚にあったこの本の表紙【写真】が目に入り、手に取っていた。パラパラとページをめくって斜め読みした。これだ、と思った。
御年70歳、前立腺癌に冒されたアラーキーが、「酒を飲みながら」フザケた調子で語る。口調はあくまで軽いが、言葉の内容には重量感がある。
曰く、「見つめ続けてるっていうことを伝えるためにシャッター音はある、って思ってる」。
曰く、「こっちからは「あなたの顔をこう感じた」って気持ちを発信し続けてるじゃない。だから、それに反応して返ってくるものも変わるだろう? そうやって、気持ちが行き来する間に顔が変わってきたら、よっしゃってところでパッとカメラに閉じ込める」。
曰く、「身近に愛する人がいると、そいつがお化粧してくれるんだなって、撮っていてそれに気づかされてきた。そうやって関係性が出来上がった被写体を相手にしていると、どんどんアタシは、カメラ自体になっていく」。
曰く、「写真というのは一瞬を止めて写そうってものじゃないってことだ。……アタシの場合は止めたくないんだよ。素敵なその顔を、もうちょっと動かして、もっとクーッとクーッと永遠に続けさせたいっていうさ、そういうような気分で撮ってるんだよ」。
曰く、「アングルってのはさ、自分が相手を慈しむ気持ちが表れるもんなんだ」。
曰く、「見た目が悪くても汚れてても、息づいている感じの顔だよ。そこにはリアルがある。……そういう顔って、ちょっとだけ未来も見えるんだ。遠い未来じゃないぜ、ちょっと先。それはつまり、動き続けているって感じがあるってことなんだよね」。
曰く、「生と死はいつも一緒くたになって、混ざって押し寄せてくる。生きるってこと、人生ってものがそういうもんなのかもしんないね」。
曰く、「アタシは……つまり、人に関わるなら写真で関わるしかないんだよっ!」
すぐにでも、まずは身近な人から、カメラをはさんで向き合って、たくさん写真を撮りたい。そういう気持ちにさせてくれる本だ、と思った。
- 2010/05/26更新
- 2010/05/26登録
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