ハルキ・ムラカミ
『意味がなければスイングはない』から・・
帰宅まえに本屋さんに入って、ブラブラ歩いていていると、↑写真にとった、ある本が、眼に飛び込んできました♫本のタイトルは『意味がなければスイングはない』とあり、著者は、われらがハルキさん、村上春樹です。単行本として刊行されたのは、二〇〇五年の十一月のようです。今夜は、この本を読みながら、ルドルフ・ゼルキン、アルトゥール・ルービンシュタインという、ふたりのピアニストの音楽に触れています。帰宅して、報道に触れましたが、村上さんの新作は、今年もっとも売れている小説のようですね。わたしの場合、小説家としての村上春樹に出会ったのは、日本語ではなくて、アメリカの雑誌「ニューヨーカー」に、たまぁ〜に掲載される、Haruki Murakamiの短編に触れてですから、ムラカミ・ファンとしては、輸出された作品からファンになった・・ということになるかもしれません。
この本のタイトル、「意味がなければスイングはない」というのは、文庫本に書かれている、村上さんのあとがきに拠れば、デューク・エリントンの作品、" It Don`t Mean a Thing, If It Ain`t Got That Swing "のもじりだそうです。このタイトルを作品につけたことから、もう、わたしは村上春樹の書いた、音楽というものを、文字を使って形づけるイマージュに魅せられてしまいました。
・・・ただの言葉遊びでこのタイトルをつけたわけではない。「スイングがなければ意味はない」というフレーズはジャズの神髄を表す文句として巷間に流布しているわけだが、それとは逆の方向から、つまりいったいどうしてそこに「スイング」というものが生まれてくるのだろう、そこにはなんらかの成立事情なり成立条件があるのだろうか、という観点から、僕はこれらの文章を書いてみようと試みた。この場合の「スイング」とは、どんな音楽にも通じるグルーヴ、あるいはうねりのようなものと考えていい。それはクラシック音楽にもあるし、ジャズにもあるし、ロック音楽にもあるし、ブルーズにもある。優れた本物の音楽を、優れた本物の音楽として成り立たせようとしているものそのような「何か」=something elseのことである。 僕としてはその「何か」を僕なりの言葉を使って、能力の許す限り追いつめてみたかったのだ。
村上春樹「意味がなければスイングはない」あとがき
前記した引用文、これが、この「本」という作品の主題であり、主題は様々な作品に変奏されますが、一貫しているのは、↑で論じられている、「なにか」について、ひとりの作家が、もてる限りの能力を駆使して、それに触れようと試みるのを、わたし達は、作家の紡ぐ文字を読むことで、ハルキの試みに参加しているのではないかしら?この本には、いくつかの音楽家と、ジャンルの音楽について書かれていますが、わたしが感心させられたのは、「ゼルキンとルービンシュタイン」という文です。
村上春樹が、前世紀を代表する、ふたりの鍵盤音楽界の智者について、言葉を紡ぐ!わたしには、もうこれだけで、心がワクワクさせられますが、文字に触れていて、その喜びは深まってゆきます。以下、ここで、少し、ハルキさんの言葉を引用します。
・・ゼルキンとルービンシュタインは、どこをとっても実に対照的なピアニストである。まさに両極端というか、これほど世界観や持ち味の違う組み合わせはまずほかにいないだろう。トスカニーニとカラヤンだって、この二人よりはもう少し共通点がありそうだ。
・・・ゼルキンでいちばん好きなのは、というかもっとも印象に残っているのは、やはりベートーヴェンのソナタ、中でも「ハンマークラヴィア」だ。ゼルキンのごつごつ・ごわごわした「ハンマークラヴィア」は、聴いていて、「しんどいなぁ、たまらんなあ」と感じるし、こっちまで思わず汗をかいてしまったりするのだけど、間違いなくぐっと心に残るものがある。
・・(ルービンシュタインの弾く『謝肉祭』を聴いての印象) すべての表情がありありとして、自然でさりげなく、どこをとっても破綻がない。ずいぶん難しい曲であるはずなのに、その難しさがとくに表に出てこない。このへんの両者の持ち味は見事なまでに対照的である。
と、これらの文の塊は「ゼルキンとルービンシュタイン」からの引用です。既存の音楽評論家は、このふたりに触れることはあっても、ルービンシュタインをナチュラルな、生まれながらのピアニスト、ゼルキンを、桁外れの努力の賜物としてのピアニスト・・・こう、論じたひとは、いないのではないかしら?ハルキさんが、ふたりの対照的なピアニストについて論じる言葉は、わたしには非常にユニークであるだけではなく、水と油のような特徴をもつ、ふたりの音楽家の「言葉」のポートレートとして、正鵠を射る表現に感じられます。
「シェーンベルクに徹底してたたき込まれたのは、真実を追究する真摯さであり、客観性であり、妥協なき明晰さと正確さだった。そしてそれらを達成するためには、限りなき努力と犠牲が必須となる。すべての余分なるものを捨て去り、ただストイックに音楽を追求するべしー簡単に言えばそういうことだ。完全主義の飽くなき追求、それが最後の最後まで、ルドルフ・ゼルキンの音楽の基本理念になった。これはあえて言うまでもないことだが、ルービンシュタインの音楽観とは大きく違っている。」ゼルキンについて、これほど簡潔で、およそ、ひとりの音楽家の「すべて」に近いことを触れた言葉、そうはないだろうなぁ・・・ゼルキンの弾く、ベートーヴェンの「告別」ソナタを聴きながら、この文字に触れていますが、文字に、音楽に、今夜は魅了されっぱなしの一夜になりました(^o^)
- 価格: 570yen
- メーカー: 文春文庫
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住所:
東京都文京区湯島2−29−5 (文京堂)
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意味がなければスイングはない
- (Lucy)
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