第二部
奥の細道・平成風狂句(2)
信夫
かつて河原左大臣(源融)が詠みし『信夫文字摺石』を訪ねたが、その石も今は半ば土に埋もれている。
(11) 早苗とる 手元や昔 しのぶ摺 芭蕉
里子らに 謂れ伝えの 信夫草 涙腺子
佐藤庄司旧跡
頼朝に追われし義経主従を匿った佐藤庄司の旧跡は、山懐に大手門。その傍らの寺に詣でれば堕涙の石碑が新たな泪を誘う。
(12) 笈も太刀も 五月にかざれ 紙幟 芭蕉
いにしえの 九郎も露と 節供かな 涙腺子
飯坂の湯に浸ってから貧しい農家に宿を借りる。
雨漏りの激しい囲炉裏端に寝転ぶも、蚤や蚊に苛まれて眠れぬばかりか、持病さえ起こる。
この先が不安になるが、旅に死するも天命だろう。
笠島
(13) 笠島は いずこ五月の ぬかり道 芭蕉
実方に 路引かれてか 道祖神 涙腺子
藤中将実方(藤原実方朝臣)の塚に導かれるようにして、五月雨にぬかるむ道をようやく笠嶋へと至る。
武隈の松
(14) 桜より 松は二木を 三月越し 芭蕉
遅桜 えにしの松に 株立ちぬ 涙腺子
能因法師の詠みし歌『武隈の 松はこのたび 跡もなし
千年を経てや 我はきつらむ』を思い浮かべて縁の松を尋ねる。
名取川を越えれば、そこはもう仙台である。
仙台
(15) あやめ草 足に結ん 草鞋の緒 芭蕉
菖蒲咲く むらさき仰ぐ 手向けかな 涙腺子
画工・加右衛門から送られた餞別の草鞋を履けば、辺りはアヤメが満開に咲き誇っている。紺に染めた鼻緒にも、加右衛門の風雅の趣が偲ばれることだ。
松島
(16) 松島や 鶴に身をかれ ほととぎす 曾良
松島の 巌(いわお)も奏で 座禅石 涙腺子
多賀城の壷碑から塩竃明神を経て松島に至る。
芭蕉は声を潜めて雄島の磯を眺めている。雲居禅師の庵跡を眺めれば、出家遁世の身もまた楽しいのではないかと思えるのである。
平泉
(17) 夏草や 兵どもが 夢の跡 芭蕉
三代の 月も隠れし 衣川 涙腺子
石巻から平泉を目指して登米に一宿し、翌日陸奥衣川の古戦場跡を訪ねる。「国破れて山河あり城春にして草青みたり」と杜甫に詠われた戦場に想いを馳せれば、三代栄華の礎となりし武士(もののふ)の面影。月は隠れて夜のしじまに。
(18) 五月雨の 降り残してや 光堂 芭蕉
軒重ね 千歳の名残り 雨しずく 涙腺子
卯の花に 兼房みゆる 白毛かな 曾良
高館に 増穂の稲の 垂れる哉 涙腺子
光堂(阿弥陀堂)は覆堂に包まれて、今日も雨風から護られている。世の移り変りを経てもなお、往時の名残りは目に鮮やかに光輝いて、色褪せることがない。
出羽越え(封人の家)
(19) 蚤虱 馬の尿する 枕もと 芭蕉
封人が 誰何と聞こゆ 馬のしと 涙腺子
鳴子の湯から尿前の関を越えて尾花沢に向う。関所の番人に怪しまれながらも『封人の家』に逗留し、長雨に行く手を阻まれて、憂鬱な日々を過ごしている。
尾花沢
(20) 涼しさを 我宿にして ねまる也 芭蕉
嶺越えて 蒼き風吹く 腕まくら 涙腺子
(21) 這出よ 飼屋が下の ひきの声 芭蕉
吾が旅に 憩えや軒の 女郎蜘蛛 涙腺子
(22) 眉掃を 俤にして 紅粉の花 芭蕉
清風に 紅花揺れる 船出かな 涙腺子
蚕飼する 人は古代の すがたかな 曾良
桑の葉の 衣煤けし かいこ棚 涙腺子
ようやく山刀伐(なたぎり)峠越えを果たして、尾花沢に降りる。かねてよりの知人・鈴木清風(三代八右衛門)宅に招かれ、我が家の如き心地良さに十日ほど滞在した。
以下続く。
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