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コッコ

Cocco / ニライカナイ

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むかし、ロックは反抗の音楽でした。
何に対して反抗していたのかというと、権力や体制といった、大きなものに対する反抗だったんです。ファッションとしてのロックよりも、反骨精神としてのロックが力をもつ時代があったんです。いまの若い人は、そんなロックを知らないかもしれませんね。だって、何に反抗したらいいのか、非常に判りづらい時代ですから。「ロックは死んだ」と歌った人もいましたが、ロックはいま、まさに息も絶え絶えの状態です。

ロックをはじめとする、音楽が世界を変えるという幻想が力を持った時代もありました。アメリカでは1969年にウッドストックという伝説的な野外コンサートが行われました。ウッドストックが実際に「愛と平和」の祭典を体現するものであったのかどうか、その実態はわかりません(ぼくがまだ生まれる前の出来事です)。ただ、音楽が世界を変えるという幻想が、大きなうねりとなって、特に若い人たちの心をとらえたことは確かなようです。

80年代に入り、音楽は商業的なものとなり、レコードのセールス数が増加するように、より多くの人が接するものになります。それでも、まだ音楽の持つ力に人々は希望を託すことができました。1985年にはアフリカの飢餓と貧困層解消のために、マイケル・ジャクソンやライオネル・リッチーをはじめとするビッグネームたちが集まり「We Are The World」という曲が作られます。

90年代は、ぼくがリアルタイムでロックに触れた青春の時代です。オアシスのことを書きましょう。彼らもまた、反抗者でした。常に社会に対してつばを吐く彼らのアイデンティティは、マンチェスターの労働者階級出身であるという点にあったのでしょう。彼らのやりたい放題な姿に、どこかマイノリティな自分(だと自分では思っていた)を重ね合わせるのが、痛快でもあったんです。繰り返します。ロックにはファッション性も確かにあります。でも、ぼくがロックを聴いていた理由はファッション性にはありません。ロックがロックたる理由を彼らは持っていたように思います。

近年、かつてロックを鳴らしていたミュージシャンの再結成がブームです。しかしその多くは、同窓会のノリで、それはもう完全に商業ベースに乗ったものです。懐メロ、ファッションでしかない。(そうではない、反抗の時期を過ぎて、ゆるやかな進化をしているミュージシャンもおりますが、それはまた別の話なのでまたの機会に。)

2008年。ニール・ヤングが自作のドキュメンタリー映画『CSNY Deja Vu』の記者会見でこう語った事が、ちょっとしたニュースになりました。
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音楽で世界を変えることができた時代は過ぎ去った。今、この時代にそういう考えを持つのはあまりにも世間知らずだと思う。
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この言葉をどう捉えたらよいのでしょうか。ただ単に年寄りの悲観的な発言なのでしょうか。40年にわたり反骨精神としてのロックを体現してきた人物(詳しくはこちら)だけに、その発言には重い響きがあります。
これはもちろん「ラブ&ピース」の否定ではありません。(ニールはその後このような声明を出したようです)ただ、「ラブ&ピース」の「気分」だけでは世界は変わらない、戦争は無くならないと云うことを、イラク戦争や各地の紛争が続発する近代史からぼくたちは学ぶことができます。


前置きが長くなりました(前置きかよ)。

Coccoの新曲『ニライカナイ』をくり返し、聴けば聴くほど、これはすごい曲だとの思いを強くしています。なんでしょうか、この気持ちは。「音楽の持つ力を信じられた」という次元でもありません。ただ、ただ、圧倒されるのです。曲中で鳴らされる琉球國祭り太鼓に合わせ、鼓動が高鳴るのを感じます。こんなにも、はげしく燃えるような音楽を、ぼくは久しく聴いていませんでした。

ぜひ、PVをご覧ください。Coccoは、まるでなにかの化身のよう、そう、「沖縄」の燃えさかる炎のようです。(Coccoと沖縄についてはこちらに記事を書きました。)彼女自身を取り囲む、すべてのものと、向き合うことを決意した、悲壮なまでの覚悟(女性はすごいと思います)が、歌声に、表情に表れているような気がします。

COCCO CHAnNELより
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「沖縄人として被害者意識はない」とCoccoは言います。なぜなら「沖縄自身も沖縄を傷つけているから」。それでもCoccoが、目の前の現実や沢山の問題に対してさまざまな憤りを抱えているのは事実です。
「一度も東京を嫌いだと思ったことはない」とも、Coccoは言っています。それでも叫びたいことはあふれていると思います。
今回のPVでCoccoが表現したかったこと。
「本土を責める沖縄」
「沖縄人による沖縄への攻撃」
「本土人に支えられている沖縄」
「沖縄の声が届くことのない本土」
怒り、翻弄、矛盾、願い、祈り。
雷光と共に登場する獅子に抱かれたCoccoは、ひっそりと咲いた平和の赤花のように穏やかです。
そして、本土人の胸に眠りながらもCoccoが手にしているのは「ジーファー」という沖縄のかんざし(Coccoは幼い頃、ジーファを護身のために使っていた琉球芝居を観て以来、ジーファー=女が身を守る物、というイメージがあるそうです)。PVで実際に使われているジーファーは、Coccoの大親友である琉球金細工七代目の又吉健次郎氏から贈られた物です。
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これ以上の解説は野暮でしょう。

ただ、彼女のうたを聴いて、ただ、感じて下さい。
音楽的に好きだとか嫌いだとか、という次元を越えた「なにか」が存在します。それはロックが置き忘れて来た「なにか」でもあるような気がするのです。

Cocco / ニライカナイ

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山ちゃま
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  • 2010/06/15更新
  • 2010/06/15登録
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コメント (2)

2010/06/15

拾得 良く理解していると思います。花丸。偉そうな爺です。

山ちゃま わあ、花丸もらっちゃった(笑)ありがとうございます。なんだ、自分はまだロックが好きなんじゃないかと、これを書いて気づきました。

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