悪の陳腐さについての報告
ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン』
「憲章{=1945年のロンドン条約}は次の三種類の犯罪について裁判権を認めた。「平和に対する罪」−−軍事法廷はこれを、「積み重ねられたすべての罪をそれ自身のなかに含んでいるという点で……最大の国際的犯罪」と呼んでいるーーー、「戦争犯罪」、そして「人道に対する罪」。これらのうち最後の人道に対する罪のみが新しい前例のないものだった。侵略戦争はすくなくとも記録に残る歴史と同じだけ古いものである。そしてこれまでに何度も〈犯罪的〉として非難されて来ながらも、正式には〈犯罪的〉として認められたことは一度もなかった。・・・・・・のみならず裁判に加わった国の一つ、つまりロシアは《tu quoque》[汝もまた]の論理には弱かった。ロシア軍も一九三九年にフィンランドを攻撃しポーランドを分割して何の罰も受けていないではないか。一方また〈戦争犯罪〉も勿論〈平和に対する罪〉と同じく先例のないものではなかったが、これについては国際法の規定があった。ハーグ協定とジュネーヴ協定はこのような〈戦争の法規もしくは刊行の侵犯〉を規定している。それは主として捕虜虐待と民間住民に対する戦闘類似行為から成っている。ここでも遡及力のある新しい法律は必要ではなかった。そしてニュールンベルク裁判における第一の難点は、ここでもまた《tu quoque》の論理が通用することだった。すなわちハーグ協定に調印していなかったロシアは(ついでに言えばイタリアもこれを批准していなかったが)明白に捕虜虐待をおこなっており、最近の調査によればカティン森(ロシア領のスモレンクスのそばの)でその屍体の発見された一万五千のポーランド軍将校の殺害はロシア人の仕業と見られている。もっと悪いことに、非武装都市の絨毯爆撃、そして何よりも広島および長崎に対する原爆投下はあきらかにハーグ協定で言っている戦争犯罪を構成した。そしてドイツの諸都市に対する爆撃は敵によって、すなわちロンドンやコヴェントリやロッテルダムに対する爆撃によって誘発されたのだとしても、またく新型の、しまも圧倒的な力を持った兵器の使用については同じことは言えない。そういう武器が存在するということは、別のいろいろの方法で知らせ、証明することもできたのだから。たしかに、連合軍によるハーグ協定の侵犯が一度も法律的に論じられなかったことのもっとも明白な理由は、国際軍事法廷が名ばかり国際であるにすぎず、事実は勝利者の法廷だったということである。」(エピローグ in『イェルサレムのアイヒマン』pp. 197-198;{ }は Lucy による加筆)
【用語解説】
アイヒマン裁判
ニュールンベルク裁判:第二次世界大戦においてドイツにおいて行われた戦争犯罪を裁く国際軍事裁判
ハーグ協定
ジュネーヴ協定
ロンドン条約:第二次世界大戦戦勝国の間で締結されたロンドン憲章の別名。ニュルンベルク裁判の法的根拠となった。
この本の使命はまだ終わっていない。
この本のなかで提言されていることが、これから現出する新たなる世界の幕開けにとって重要となってくるだろうから。
「この本は全体として思考の独立性のすばらしい証言です。……彼女が哲学的にも思想的にも徹底した、アウグスティヌスの愛の概念についての研究で正学位を得たとき、それもまだごく若く、たしか23歳だったと思いますが、教授資格を得るようにと人々は勧めました。それを彼女は拒絶した。彼女の本能は大学を拒んだ。彼女は自由でありたかったのだ。1933年に彼女は著述を一切放棄した。……彼女はユダヤ人の目的のための実践活動に入り、シオニスト協会に加入した。……戦争中彼女は評論を書きはじめました。大抵政治的なものです。戦後になって一作また一作と著書があらわれた。……彼女がそれによって生きる根本のものは、真理への意志、真の意味における人間的存在、幼年時代にまで見られる限りない誠実、そしてまた、逮捕(1933)と証券なしの国外移住のときに味わった極度の孤独の経験です。」ヤスパース、1965 (みすず書房サイトより)
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