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ナニワ・チエコ

浪花千栄子

  • 浪花千栄子の画像

 略歴は以下のサイトで。
http://www.art-space.gr.jp/kamigata/...

 俳優本人と演じる役柄を混同するのは、あまり誉められた映画の見方ではないのだが、「猫と庄造と二人のをんな」('56 東宝=東京映画)、「貸間あり」('59 東宝=東京映画)、「小早川家の秋」('61 東宝=宝塚映画)など監督がそれぞれ違う作品でありながら、「ドライな性格の初老の女」という役柄が奇妙に共通しているのを見ると、俳優本人もドライな人なのではないかとついつい考えたくなる。
 いや、この3作だけではないのである。サイレントの頃から映画出演を始めているだけに無闇と出演作品が多く、また生前はテレビドラマにも多数出演していたので、私の世代はわりあいこの人の演技を目にしているのだが、サバサバした口調の関西弁、言うだけ言ってすぐ向こうへ行ってしまう腰の軽さが共通していることが印象に残っており、悪い人とは思わぬものの、べたべた子供を可愛がるような優しいお婆さんではないな、と幼心に警戒心を抱いていた。
 「猫と...」での、嫁の不行跡に全く不平不満を述べず、進んで嫁の下着を洗濯してしまう姑(経済的に依存している以上嫁にも可愛がってもらわなければならない、と特に悲愴感もなく思っているらしい)、喘息患者用の吸入器を時間貸しするような締まり屋でありながら、下宿人が自分の作る食事を摂らず、外でご馳走になり、帰宅して水道の水を飲んでいると、「ご馳走になって、タダの水飲んで、よろしいな」と、嫌味の調子でもなく声をかける「貸間あり」のおばさん、などに大人になってから接してそのドライさにショックを受け、演じている浪花千栄子とその役柄にはどれほどの距離があるのだろうと自伝「水のように」('65 六藝書房刊)を読んでみたことがある。幼少からの金銭にまつわる非常な苦労と、尽くしたにも関わらず捨てられた先代澁谷天外への激しい呪詛が印象に残ったが、不思議と陰惨さはなく、むしろ、どこか身を捨てきったような明るさがあったことを記憶している。ひどい境遇を生きるなかで、自分にも他人にも幻想を持つことを止めてしまったが、かなり負けん気の強い性格らしく、絶望することを潔しとしなかった人であったらしい。幻想を持たないが、絶望もしないところに「ドライ」さと「明るさ」が生じていたのかも知れない。
 そういえば彼女の演じた役柄には「ドライ」であると同時に「明るさ」が伴っていることに思い至る。演じた役柄は彼女が考えたものではないが、それを形象化するにあたっては、彼女自身が意外に色濃く投影されているように思えるのである。彼女の「ドライ」さと「明るさ」は他の日本人にはない過剰なものがある。いや、他の人間にはない過剰さ、と言いたい。黒澤明が「蜘蛛巣城」('57 東宝)で物の怪役に彼女をキャスティングした理由も、その非人間的な明るさにあったのではないか。あれも、亡者の怨霊のくせに妙に明るいところが、逆に人知を越えた存在としての説得力を与えていたと思う。

 浪花千栄子って、ほら、あのオロナイン軟膏のホーロー看板のおばさんですよ、といっても若い人は判らないか(笑)

浪花千栄子

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steward

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