ボウリング・フォー・コロンバイン
ボウリング・フォー・コロンバイン
鬼才、マイケル・ムーア監督がアポなし、突撃取材で抉り出す、暴力と凶器のにあふれたアメリカ、このどこが正義なのか?アメリカ人は、ホントに日常生活のなかにあふれかえっている危険と危うさにあまりにも、鈍感すぎるんじゃないか。
1999年4月20日、アメリカ合衆国は普段通りの穏やかな朝を迎えた。人々は仕事に励み、大統領は国民が名前さえ知らない国に爆弾を落とし、コロラド州の小さな町では2人の少年が朝6時からボウリングに興じている。
何の変哲もない予定調和な1日のはじまり…。
このあと、2人のボウリング少年が悲劇的事件を起こそうとは、いったい誰が予想しただろう。
その日、アメリカは旧ユーゴスラビアのコソボ紛争における最大規模の爆撃を敢行した。
その1時間後、あのコロンバイン高校銃乱射事件、別名トレンチコートマフィア事件が起きた。事件の舞台はコロラド州リトルトンのコロンバイン高校。そこの生徒である2人の少年が、高校に乗り込み銃を乱射。12人の生徒と1人の教師を殺害したのち、自殺するという衝撃的なものだった。
この事件は全米を震撼させた。あらゆるメディアが事件の分析を試み、ヒステリックに騒ぎ立てた。映画やTV、ビデオゲームにおけるバイオレンスの氾濫が悪いのだ、家庭の崩壊の産物だ、高い失業率が原因だ、いやアメリカが建国以来たどってきた暴力的歴史のせいなのだ、と。
なぜ、アメリカだけが銃社会の悪夢から覚めることができないのか? マイケル・ムーアはは問う。「マリリン・マンソンのライブを禁止するのなら、なぜボウリングも禁止しないのか?」
「ボウリング・フォー・コロンバイン」は、2003年3月アカデミー賞の長編ドキュメンタリ部門でオスカーを受賞。
ハリウッドの社会批判的な志向は、健在なりを証明。オメデトウ!☆;:*:;☆;:*:;☆“Congratulations”☆;:*:;☆;:*:;☆
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