廣文庫
辞典や百科事典はどう頑張ったて、たかだか当世の「高名な学者」なんかが執筆するにすぎない。基本的にとってもコンテンポラリーなものだ。しかも最近はそれを売りにしていたりする。浅ましい限りである。
そんな「新しい辞書」で、たとえば「あしか」の項目を引いてみるとよい。「あしか」についての、「現代」の(つまり辞書編集当時の)知識が手に入るという訳だ。
しかし、「あしか」そのものではなく、これまでの「あしか」についての古人の考えやイメージ、彼らは「あしか」の何を知り、また彼らにとって「あしか」とは何だったかを知ろうと思えば、それぞれ古い文献に当たるしかない。いや、辞書というのは、いつもお手軽に事を済まそうという人のためだけに便利なのであって(便利でしかないのであって)、本当のところを調べようとおもえば、結局のところ自分で文献その他に当たるしかない。
けれど人が文字を書き始め、記録を取り始め、考えを記しはじめたのは、昨日今日の話ではないのだから、古来より蓄積の上に蓄積されてきた膨大な「書かれたもの」をいちいち調べて、「あしか」が載っている載ってないをいちいち探すのは、とっても骨折れだ。人は「あしか」以外にも、人生を費やしあるいは愛を注ぐべきものがあるのではないだろうか(たとえば「いるか」とか)。
便利がいけない訳ではない。便利がいい。便利サイコー! ようはこのめんどくさい仕事をこなすには、辞書はちっとも便利じゃないってことだ。しかし、ここに、もう「あしか」について古文献を探してくれている人がいた。それどころか「あしかが」や「あじあ」についても、否、ほか何万項目もの事項についても、「どの文献の、どこに載っているか」を彼は調べておいたのである。その名も物集高見(名前だけでもすごい名前だ)、そして本の名前は「群書索引」である。なんという歓喜!なんという便利!
「群書索引」によれば、「あしか」は和名抄の十八や大和本草の十六の二十やなんかに登場することが分かる。
しかし、手元に、あるいは足を運んだ図書館に「和名抄」や「大和本草」や「和漢三才図絵」がなかったらどうすればいいのか(そんな図書館には火をつけるべきか)。せっかくの文献名も載ってる場所もわかったのに、もはやなす術はないのか。
しかし本というものは、たとえその存在を知ったにしても、基本的には「ない」か「手に入らない」ものなのである。とりわけ、今より発行部数が少なく、流通機構の発達していない時代はそうだった。本そのものが貴重品で、持っている誰かを捜し当てても、見せてもらえないことなど日常茶飯事だった。
しかしである。我らが物集高見は、期待を裏切らない。ちゃんと「どこに載っているか」だけでなく、「どんなことが載っているか」を抜き書きした本を作っておいてくれたのである。
その名も『廣文庫』。ちっとした図書館なら必ず持っている。
これさえあれば、他の本はなくとも、とりあえず「あしか」についての古文献の該当個所だけは読むことができる(もちろん他の数多の項目についても、ちゃんと抜き書きしてある)。この成果を逆に述べれば、国書のエッセンスを五十音順項目に整理編集した、百科項目型巨大テキストデーターベースができたことになる。百科事典を書くのは高々現代人と現代諸学の成果だが、このデーターベースにあっては国初(くにはじめ)から維新までの日本歴代の膨大な文献とそれを書いた歴代の知性たちが、お相手する。
同種のものに、官製の『古事類苑』があるが、こっちは分野別編集。何人もの学者と資金と時間をふんだんに投入しての編集だけに、文献の博捜も『廣文庫』を上回るが、一つ項目をとれば、雑書からの引用も多い『廣文庫』の方が、奇談伝説の類もたっぷり採り入れて奥行きが深い(時々に帰って来れなくなりそうである)。分野別でなく、50音順というのも『廣文庫』の「すばらしさ」に拍車をかけている。こういうのこそ、普通の人が普通に使った方がおもしろい。
たとえば「いぬ」の項には、以下のような小項目が立項されている。
「犬の歳」「犬、雲を悦ぶ」「白狗」「五色の狗」「猟犬」「猟犬の鈴」「むくげ犬」「唐犬」「契丹の犬」「えぞの犬」「大犬」「四牙の犬」「五足の犬」「角ある犬」「角ある犬」「両首の犬」「人面の犬」「犬の名」「犬を闘わす」「犬、虎と闘ふ」「狗を好む」「犬を飼ふ」「狗、子を数多飼ひし人」「犬の疾病」「狂犬」「犬に噛まれたる時のしわざ」「犬毒」「犬を威す方」「犬、子を愛す」「子を多く育てたる犬」「犬、雛雉を育む」「雉、乳犬を養はんとする」「犬、牛を養ふ」「犬、子を御帳の内に生む」「犬子、脇より生まる」「雄狗、子を生む」「犬、主人を護る」「犬、主人に銭塊をとらす」「犬、主人を救ふ」「犬、主人の屍を守る」「犬、主人の忌日に精進す」「犬の殉死」「犬、位を賜ふ」「犬にも友誼あり」「孝犬」「義犬」「日参の犬」「犬、消息の使をす」「犬に荷物を牽かしむ」「犬の自殺」「犬、讐に報ゆ」「犬の怪」「人、犬に生まる」「犬、狐と交る」「人、犬と交る」「人と犬の夫婦」「犬、地中より出づ」「狗人國」「犬のたまひ」「犬の肉」「犬の皮」「犬頭の社」「犬塚」「犬寺」「犬の法事」「酒屋の狗」「犬、石に吠ゆ」「犬、常に変わるを吠ゆ」「犬の遠吠」「犬、天上に吠ゆ」「一犬、形に吠え、千犬、声に吠ゆ」「狗を磔にす」「桀の狗」「南犬、雪に吠え、風に吠ゆ」「狡兎死して走狗烹らる」「煩悩の犬」「犬と猿と」「犬を一疋、二疋といふ」
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