関心空間はミュージックのクチコミも満載!

新着

... もっとみる
ログイン | ユーザー登録(無料)

エフゲニー・ムラヴィンスキー

Evgeny Mravinsky

 旧ソ連出身で20世紀を代表する指揮者の一人。1906年6月4日生まれ、1988年1月19日死去。
 1938年にレニングラードフィルハーモニー管弦楽団(現サンクトペテルブルクフィルハーモニー管弦楽団)の主席指揮者に就任、1988年に死去するまでその地位にあった。 1960年、「鉄のカーテン」の向こう側にいた芸術家は手勢のオーケストラと共に「西側世界」の楽壇へ登場する。ロンドンでShostakovichの交響曲第8番のイギリス初演(http://www.kanshin.com/index.php3?...)を行ったほか、Wembley Town HallでTchaikovskyの交響曲第4番、オーストリアに場所を移しウィーン学友協会大ホールでTchaikovskyの交響曲第5番と第6番の演奏を録音し、そのレコードがDeutsche Grammophonから発売される(筆者はMravinskyのディスコグラフィに詳しくないが、いわゆる西側のレーベルから正規録音として発売されたのはこのシリーズの他にはPHILIPSからかつて発売されていたShostakovichの交響曲第8番のレコードだけだったと思う)。
 この「後期三大交響曲」の演奏のいずれもがそれぞれの楽曲の名演であるが、特に交響曲第4番の演奏が筆者には印象深い。筆者はこの演奏について、Tchaikovskyの交響曲の演奏としてはどちらかといえばあっさりとした演奏というイメージを抱いているのだが、精緻に構築されたアンサンブルの上においては、ほんのちょっとした音楽上の表情をつけることで音楽が味わい深いものとなるということを示す実例の一つだと感じさせられる。なかでもこの演奏の最大の聞き所はこの曲の第4楽章にある。ここでは当時のレニングラードフィルハーモニー管弦楽団のアンサンブルの精緻さがまざまざと見せつけられる。非常に速い設定テンポの中でありながら、チェロ、コントラバスまでもが各々の楽器奏者の音の粒を揃えた一糸乱れぬアンサンブルをあっさりとしてのけ、微妙な音楽的表情づけを行ってすらいる。オーケストラを賞賛する際に「一つの楽器のような」という表現が用いられることがあるが、その形容詞はまさにこの演奏におけるレニングラードフィルハーモニー管弦楽団にふさわしい。
 かつて見たことのある「アート・オブ・コンダクティング2 -黄金時代の伝説的な指揮者たち-」(http://www.warnermusic.co.jp/CGI/...)というビデオの中で、Mravinskyについて「練習場に入ってきても「おはよう」の一言すらなく、指揮台に上ってしばらくしてから「第1楽章練習番号Gから」とだけ言い練習を開始する指揮者」という趣旨のことを当時レニングラード交響楽団に所属していた団員は述べていた。その発言に妙に納得させられてしまった。

Evgeny Mravinsky

このページに
携帯でアクセス

2次元バーコード対応の携帯で読み取ってください

投稿者:
TakeO
詳細情報
  • 人名: Evgeny Mravinsky
  • 2003/02/13更新
  • 2003/02/13登録
  • 2940クリック

このキーワードを共有する

トラックバック (0)

まだトラックバックされていません。

トラックバックURL
http://www.kanshin.com/tb/keyword-254243

キャンペーン


ロケットニュース24

未来検索 ガジェット通信
ページの先頭へ ページの先頭へ