じゅみょうのすうり
寿命の数理
人の寿命の研究と物の寿命の研究は、従来別々に進められていた。前者は生命表分析と呼ばれるものに結実し、後者は信頼性工学というジャンルへと展開した。
しかし研究の進歩は、奇しくも両者がまったく同じモデルにいきつくことで、再び合流する。1951年スウェーデンの機械工学者ワイブルがボールベアリングの寿命分布の記述のために考案したワイブル分布モデルは、
「摩擦故障型……時間が経つほど増える故障」
「初期故障型……時間が経つほど減る故障」
「偶然故障型……時間経過とは無関係にランダムに起こる故障」
のそれぞれを形状母数mをプラス・マイナス・ゼロとすることによって扱えるのである。
古川らは独力で、人間の生命表分析(これは寿命を「死亡の秩序」から分析したものである)を取り扱うモデルを開発したが、これは若年層(新生児ら)の死亡を「初期故障型」として、青年層の死亡(自殺その他)を「偶然故障型」として、年齢が重なることによる疾病などを「摩擦故障型」として、それらの複合したものだった。これは複合ワイブル分布モデルに他ならない。
このモデルを使って、たとえば「医者の不養生」なることわざを検証していく。まず医学部の同窓会誌(東京大学の鉄門クラブの名簿)を手がかりにデータを集め、生命表を作成する。人文系はもちろん、理工学部でも卒業後20年も立つと、消息不明者は全体の20~30%となるのが普通であるが、医者だけは中世のギルド社会よろしく、医師免許だけでなく、医師会、学会などの登録と言ったつながりがきっちりあって、その動静がほぼ完全にわかるのである。これを分析すると、医師のワイブル分布は、日本人全体のワイブル分布とほとんど変わらない。古川先生曰く「医者は不養生でもなければ長寿でもない。寿命に関する限りただの平均的市民であり、医学の限界を暗示している」。
とにかく汎寿命方程式に先鞭を付けたことで、「寿命」現象を統一的に扱えるようになった。縄文人からハプスブルク時代のウィーン人、長寿国ビルカバンバから職業別寿命、地球の寿命、建造物の寿命、録音テープの寿命、商品人気の寿命、ストライキの寿命、戦争の寿命、結婚の寿命、歯の寿命、病気の寿命、記憶の寿命と、あらゆる「寿命」が登場する。
たとえば日本の相撲は、競技上の危険は格闘技としては高くないのに、競技者の寿命はすごぶる短い。力士は空腹のまま猛稽古し、大食して眠ることで成長ホルモンを分泌させカラダをつくっていく。主にこの大食が膵臓のランゲルハンス島の機能を疲労させ、高血糖と動脈硬化に陥らせると従来考えられてきた。しかし旧ソ連の金メダリストの早死にが成長ホルモンドーピングによることが明らかになってくると、伝統的な力士のカラダのつくりかた、すなわち成長ホルモンを自家分泌させる「ちゃんこドーピング」が短命の原因ではないかと推測されるようになった。
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- 2007/08/30更新
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