パリ、テキサス
この映画には随分と有名なシーンというか、舞台設定があって、もう何度か書いたりしゃべったこともあるのだけれど、それは、男が息子と一緒に、別れた奥さんを捜しにヒューストンの町にやってきて、そこで彼女が「のぞく部屋」で働いているのを見つける、その「のぞき部屋」の話。男は、かつて一緒に暮らした女と(自分の息子の母親と)、その場所で「再会」する。この「のぞき部屋」というのが、マジックミラーで仕切られた部屋になっていて、つまりガラス越しに暗い方から明るい方を見ることはできるのだけれど、逆に明るい方から見るとガラスは鏡になっていて暗い方を見ることはできない。つまり「のぞき部屋」では、お客は女の人を見ることができるけど、女の人はお客を見ることができない、そういう仕掛けになっているのだ。もちろんお客は女の人に触れることはできない。お金を払って、ガラスの向こうの女の人の姿を眺めるだけだ。
この映画を撮ったのは、ヴィム・ヴェンダーズという監督で、この仕掛けでもって彼は、凡百の映画がいくつものシーンやシーケンスを駆使して「描き」続けてきた、男女のすれ違いだとか、行き違いだとか、(そこにいるのに)とどかないというせつなさだとか、そういうのを、ただ一枚のガラスと明暗のある部屋だけで「写して」みせたのだけど、もとより「仕掛け」(のアイデア)だけで、映画が輝くことなんてない。多分、本当のことをいうと、この映画はたいしたことのない映画なのかもしれず、それ自身が「凡百の映画」の一本なのかもしれない。このマジックミラーの装置が、暗い部屋の中でスクリーンに写る「映像」を眺める“ぼくら”と、映画の明るいスクリーンに登場する“彼ら”との、「一方通行」そのままのモデルであるにしても、だ。
どれほどすばらしい映画でも、死にたくなるほど長い大作でも、映画は必ず終わってしまう。ぼくらが座っていた場所も、やがてうっすらと明るくなる。そしていよいよ席を立ち、ぼくらは明るい場所へ帰って行かなくてはならなくなる。例えばせいぜい、今見ていた「映像」の記憶が、自然自分をやくざ者のようにふるまわせても、それも明るい場所に眼が慣れる頃には恥ずかしさとに席をゆずって消えてしまう。
「パリ・テキサス」には、本当の映画が出てくる。それは、男と女がまだ一緒に暮らしていた頃、一緒に海に出掛けた時の8mmフィルムだ。その映画(フィルム)の中、彼女は笑っている。男と、彼の息子は、いまここにいない彼女を、スクリーンの上に見ている。彼女は微笑みかけるだろう、そしてスクリーンのこちらを見ていないだろう。もちろん、どこにでもある、ホームムービィだ。この映画もまもなく終わる。そしてやがて、男と息子は、女(妻/母)を探す旅に出るだろう。男は、ヒューストンの、とある「のぞき部屋」を探し当て、そこで女と「再会」するだろう。客として、暗い部屋に入り、明るい部屋に彼女を見るだろう。長いこと別れて暮らしていた二人は、その時、同じものを見るだろう。男はガラスを通して女の姿を、女は鏡に映ったやはり女(自分)の姿を。そして女は、いつもと同じく、鏡の向こうにいるのが誰か知ることはないだろう。彼女は、鏡の自分に向かって、実際はその向こうの見えない相手に向かって、自分を見せ続けるだろう。
映画(映像)は、必ず終わる。人は映像(映画)の終わりを、生きなくてはならないだろう。スイッチを切られた、まだ温もりの残るテレビのブラウン管に写っているのは、たった今までそれを見ていた自分の顔だ。それが、「映像の終わり」の映像なのだ。ずっと鏡を見つめ、その向こうで客が見ているものと同じものを見つめ続ける彼女は、「明るい部屋」の住人=映像の囚人であり、あらゆる映像を奪われたったひとつ「映像の終わり」の映像を突きつけられ、そして自らは映像であることを強いられている。彼女は、だから「映像の終わり」を生きる者だ。
そしてやがて、この映画も終わるだろう。男は、女の部屋の明かりを落とさせ、自分の顔に明かりを当てる。いまや明暗の逆転が起こる。女ははじめて、ガラスの向こうに男の姿(映像)を見るだろう。その瞬間、男は鏡に隔てられ、女の姿を失うだろう。いずれにしろ、二人は抱き合うこともなく、触れることさえない。出会い、抱き合うのは物語の最後に至っても母と子であって、男は暗い部屋を去り、ふたたび明るい世界のどこかへ出掛けていくのだ。映画(映像)を見終えた誰もがそうするように。「明るい世界」は、彼女が閉じこめられていた「明るい部屋」なんだろうか。けれども、映画は終わり、ぼくらは男の姿を見失う。ぼくらには、男がしょぼくれたヒロイックな(つまり自己犠牲的な)選択をしてみせ、彼女を救いだし息子と暮らせるようにはからった後に、消え去るかのように見える。これはもちろん、どこにでもあるメロドラマだろう。けれども、これを見終えたぼくらは、どこへ行くのだろう。
- Paris, Texas
- 1984年製作
- 監督:ヴィム・ヴェンダース
- 出演:ハリー・ディーン・スタントン
- ディーン・ストックウェル
- ナスターシャ・キンスキー
- 商品名: パリ、テキサス
- 価格: ¥3,990
- 監督: ヴィム・ヴェンダース
- 出演: ハリー・ディーン・スタントン, ヴィム・ヴェンダース,
- 販売元: ハピネット・ピクチャーズ
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- 2007/08/30更新
- 2003/02/21登録
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コメント (6)
最新コメント5件
2003/02/21
Poughkeepsie 出だしの「音」一発で決まった。タクシードライバー同様。
楽太郎 ナスターシャ・キンスキーの振り返る姿が美しかったです。とても切ない映画でした。(;.;)
ジーナ この映画は色が印象的でした。原色を黄色がかったレンズを通してみているというか…
ナスターシャ・キンスキー、ほんとうにきれいでしたね。
2007/11/15
暇 人 あぁ、この映画、公開された当時に3、4回映画館に通って1人じっと見つめていました。なんでだったのかなぁ。映画に流れる時間の感覚が好きだったのか、現代の悲しさみたいなニュアンスが好きだったのか、....。そういえば、”一番好きな映画って何?”って聞かれて『ストレンジャー・ザン・パラダイス」って答えた事があったなあ。
2008/04/19
Poughkeepsie 確かにストーリーというより「流れる時間の感覚」という意味でとても映画的な作品ですね。(懐かしいオープニング♪)
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