資本主義・社会主義・民主主義
革命なんかなくても、資本主義はだらだら社会主義になる、とシュンペーターは考えていた。
資本主義は常に革新を要求する。競争して一歩でも前へ出ることを要求する。新製品やら新方式を要求する。人物像も個性的で独創的であるのが求められる。
ところが、時代はやがて低成長期に入る。十分すぎる生産性と生産力を備えた私企業部門では、いままでのような大躍進は望めない。企業が大規模化しその中で官僚化が進む。企業数も減り寡占が進み、競争も減っていく。独創性のない人たちが会議と談合で会社運営するようになる。ところが今までの流れで育ってきたエリートたちは、発明とチャレンジでもって大躍進を望む連中である。そして創意工夫を必要とし、またそれによって大躍進を望めるのは、今までなおざりにされてきた公共部門である。今まで経済発展に投入されてきた彼等の力はこの分野にそそがれる。
公共部門の発展は、特に教育機会の拡大を通じて、今まで一部の階層に独占されてきた知識人への門戸を、あらゆる階層へと開放する。その結果として、公共部門の発展によって生まれてきた知識人たちは、政策評価・体制批判を公共部門優先するものに、左翼同情的なものにするだろう。国家運営に携わる官僚たちも、知識人と同様の教育を受けているので、多かれ少なかれ知識人たちのように考え、立案する。公共部門の発展に正(プラス)のフィードバックが働き、この方向にますます拍車がかかる。
ところでシュンペーターはこの先を考えなかった。彼はケインズをちっとも理解しなかったけれども、このような低成長期は、セーの法則(供給が需要を作り出す)がもはや妥当しなくなった時期である。作れば作るだけ物が売れる時代が終わり、貯蓄がすべて投資に回される時代が終わる。高い生産性と生産力が吐きだす供給に、需要が追いつかないし、金は投資先が足りなくて余っちゃう。需要を嵩上げするものはもはや公共部門しかないのだが、あまり「よいこと」をしてしまうと、生産力向上につながってしまって(発展途上国にはそれでいいのだが、先進国だと火に油を注ぐことになる)、ますます巨大な供給に需要が追いつけなくなって元も子もない。経済的には公共部門は本来的にムダであるべきなのだ。ケインズが失業を減らすには、お札を瓶に詰めて土に埋めそれをまた掘り返すとよい(笑)、といってるのがそれである。
ところで公共部門は本来的にムダなのだから、あまりに増大すると、社会全体の効率を低下させ、国際競争に不利になり、国際収支が悪化する。物の値段はあがるが、景気がよくなるわけではない、ぐずぐずしたスタグフレーションも起こる。数少ない付加価値稼げるセクションが頭に来てゴネ出す。当然批判・反動化が生じ、左翼化が進んだのとは逆のプロセスで右翼化が進む、と。サッチャーリズム、レーガノミクス、規制緩和(笑)。さてさて情報化・サービス化がますます進む経済では、一人勝ちで大勢負けの状況が進む。IT成り上がりの代表みたいに見えるスマートなゴアは負け組のひがみから勝ち切れず、むしろ自他とも求めるバカ・ブッシュが「負け組保守」の支持も取り付けて大統領になりました、と。いかん、口が、もとい、論点がすべりました(笑)。
- 商品名: 資本主義・社会主義・民主主義
- 価格: ¥4,620
- 著者: J.A. シュムペーター
- 出版社: 東洋経済新報社
- 発売日: 1995-05
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- 2007/08/30更新
- 2003/02/25登録
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