コドモノタメノコルチャックセンセイ
子どものためのコルチャック先生
開いてすぐ目に入ってきたのはスミレの絵。上品なそして色あせた花と風景の葉書き、のびのびとしたやわらかいインクの文字。
When I approach a child,I have two emotions.
Affection for what he is today.
And respect for what he can become of.
私は子どもに接するとき、ふたつの感情をもつのです。きょうのその子への愛情と未来のその子への敬意とを。
絵葉書きは「孤児たちの家」の院長を務めたヤヌシュ・コルチャック先生が生徒たちにプレゼントしたもの。子どもたち一人ひとりの節目節目に先生はカードを送ったのでした。
この本には、ユダヤ系ポーランド人のコルチャック先生の生涯が子どもにもわかりやすく淡々と書かれ、子ども達と暮らした日々の写真がのせられています。頁の横にはコルチャック先生の「子どもの権利の宣言」。
私が心うたれたいくつか
「子どもの悲しみを尊重しなさい。たとえそれが失ったオハジキひとつであっても、また死んだ小鳥のことであっても」
「子どもは宝くじではない。ひとりひとりが彼自身であればよい」
………
随分前に今の旦那さんとアンジェイ・ワイダ監督の映画と、加藤剛さんの演劇を見ました。最後の場面。収容所へ向かう途中、コルチャック先生だけが特赦をうけ、ナチスの軍曹から貨車に乗らなくて良いと言われます。コルチャック先生は、子ども達が行くなら自分も貨車に乗る、「私には未来があるから」と残し、力強く貨車に乗り込んでいく。
lastはどちらも収容所へと続く線路が描かれていたように記憶しています。そしてこの本にも。私には子どもたちとの最後の旅は、はじまりだったと思えるのです。
加藤剛さんの著作「こんな美しい夜明け」(岩波書店)から。
次男の方の作文
『この夏、父はコルチャック先生であった。僕だけの父ではなかった。僕もひと夏、ガス室で命を奪われたユダヤ人の少年ヤコブとして暮らしてみて、考えたことがある。「もし世界中の科学者が反対すれば戦争は起きないだろう」という、戦争についての提言があるが、僕はこれでは不充分だと思う。「もし世界中の科学者が賛成したとしても戦争は起きない」というレベルを早く獲得しないと、戦争は何度でも起きるだろう。僕は気の弱い男だから、戦争で人を殺すなんてとてもできない。気の弱い男でも、人を殺さない権利を堂々と主張してそれが通る日本にしておきたい。コルチャック先生の命日八月六日が僕たちのヒロシマの日と同じであることは偶然の一致とは思えなくなってきた。』
そして加藤剛さんのきっぱりとした美しい日本語。
『日本で最初にコルチャック先生を演じた俳優であることを私は心から光栄に思い、誇りに思っております。もし「愛のために人は死ねるか」という設問が人類に向かって発せられたとしたら、コルチャック先生は明快にそれに答えを出されたと思います。子どもたちへの犠牲ではない、ましてや死の賛美ではない。自分のために自分の人生をしっかりと生きる選択が、この困難な時代では死へとつながっていったのです。つまり「愛のために人は死ねるか」という問いは「愛のために人は生きられるか」という問いとまったく同じもの、表裏のものであろうと私は考えています。この問いなら、私たちは今すぐにでも答えが出ますよね。
二十世紀は人類史上最大の虐殺の世紀でした。コルチャック先生の思想と生活は、この虐殺の思想の対極にあるものです。
「人間が人間に対して何をしたか?」ということを、私たちは辛くてもしっかり見据えなければならないと思います。そして「人間が人間に対して何をなすことができたか?」を、私はコルチャック先生の生き方から学びたいと思っています。
先生の亡くなった日、八月六日はポーランドと私たちのヒロシマをしっかり結んでいます。夏が来るたび、私は舞台劇『コルチャック先生』の上演をライフワークとして続け、主演者として舞台に立ち続けていきたいと思っています。』
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コメント (4)
2010/10/23
暇 人 「未来のその子への敬意」って、大事な事ですね。多くの人に知って欲しいです。
anoano ここに引用した『アンネの日記』での父親・オットー・フランク役の声。加藤剛さんです。「愛のための死、そして愛のための生」の二つを同じものと見做す加藤さんの認識が素晴らしいと感じました。また、コルチャック先生の命日と「ヒロシマ」が同じ日。これほど反戦の意味を強烈に指し示すアイコンも、他には無いものだと思います。「ジェノサイド(虐殺)」に対抗する意味、としてもです。良いキーワードを拝読致しました。
2010/10/25
ramona 暇人さん。「未来の」に子どもへのゆるぎない信頼を、「敬意」には大人側の子どもにむかう際の謙虚さ、誠実さを感じます。子どもは守るものという考えはよく聞かれますが、敬うものという考えは少ないかもしれないですね。大人は子供を上からみるのでなく、少し離れ、同じ位置で襟を正して立つことも大事なことだと思えました。暇人さんからのコメントでまた一つ意味が膨らませたようです。ありがとうございました。
ramona anoanoさん、「ここ」読ませていただきました。『アンネの日記』はちょうど思春期の頃繰り返し繰り返し読んだものです。DVD『アンネの日記』に出てくる少女たちの、希望を失わず今を自分らしくいきる小さな工夫(例えば白いバックル)は、アンネフランクの空想力と通じるものを感じます。また前にご紹介いただいた『コクーン』の少女たちの空想力も思い出されました。遠くでおこった戦争、過去の戦争、どちらもとつながり、そして今の私たちとも切り離せないことですね。
「『喪の仕事』を観るものに強制し、思い出してあげることを強いる。でもそれによって人は涙を流し、治癒することができるのです。」この治癒から前に進めることができるのでしょう。
アンネの日記のDVDは、もう少し子どもが大きくなったら家族で見たいと感じました。ありがとうございました。
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