ガイライゴイイカエダイニカイテイアンボシュウ
外来語言い換え第2回提案募集
巷に氾濫して特に高齢者等から「わかりにくい」と悪評高い外来語を日本語表記に直して分かりやすくするのが目的とのこと。一覧を眺めてみて、その示す意味の分からない言葉がかなりの数にのぼる僕のような人間にとっても、悪くない試みであり、良い意味で推進されたい。
ただ、当たり前のことではあるが、言葉はそれを使う人間の態度が選ぶものなので、これで万事(とまではいかなくてもある程度)問題が解決するかどうか些か疑問が残るのもまた事実。
そういう意味では、ここにあげられている「外来語」の抱える問題は、言葉そのものよりは、それを使う人間の姿勢における問題と言うこともできるだろう。
「分からない」ということは大きく不安をかきたてる。しかも、例えば自分の分からない言葉を自分以外の人間が100年前から知っていたように自信満々で使っているのを見る時の心細さは相当なもので、こと新聞雑誌テレビ云々のメディアでこの傾向が強いとなおさら不安は高まる。メディアは大衆の代表だ(と思われている)から、そこで声高に語られると、まるで自分を除く全ての人々がその言葉を深く理解してでもいるような錯覚に陥ってしまうのだ(僕なんかはそうです-単純-)。
ここ(以下リンク参照)にある言葉は一般で使用されべき「外来語」というよりは、言葉巧みな宣伝文句や惹句に頻繁に出てきそうな言葉が多いようだ(あくまで個人的印象)。専門用語というかプレゼン用語というか、良く言えばそれぞれの分野独特の世界観や概念を反映する特異なニュアンスを持った言葉であり、その世界(業界)に精通した人間同士で使えば和訳したものなんかよりずっとリアルな意思疎通が図れるのであろう。
しかし逆に悪く言うと(というか意地悪な見方をすると)、そういった言葉は、素人をケムに巻いて騙す時に多用されるという嫌な側面を持っている。ほんらい言葉は「分かってもらう」ためにあるが、そこでは逆に「分からせない」ための言葉が使用される。
あるいは三島由紀夫がアニアックな文芸ファンを揶揄して言ったように、分かる人間(得意顔)と分からない人間(不安顔)を優劣にきっちり分けて対立させるような、きわめて嫌味な空間を作り出すのもこういった言葉遣いの役割であろう。
もちろん、いわゆる差別用語や放送禁止用語と言われる類の言葉のように、その語句じたいには罪はないから、要はその言葉を使う人間の態度が他人を不安にさせたり混乱させたりするということだ。
ま、僕は分からんものは要らんからいいけど、でもやっぱり、この一覧の中にある「コミュニケ」とか見ると分からなくてちょっとは不安になる(笑)。
- 2003/03/04更新
- 2003/03/04登録
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