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朝鮮戦争参戦兵士の消息・エチオピア

イ・ピョンヨン写真展「One Birrの勲章」

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東京工芸大学の写大ギャラリーに写真展を見た。韓国スターの追っかけではない。なんと60年も前、朝鮮半島を舞台に戦われた朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日休戦)に国連軍として参加したアフリカのエチオピアの元兵士や遺族らを訪ね、その「消息」を撮影した写真展である。

作品を撮影したのは、韓国のイ・ピョンヨン(李秉用)。1989年に東京工芸大学短期大学部の写真技術科へ入学、92年に研究生を修了。その後は故国に帰り、プロラボと写真学校を経営。その傍ら学生時代に日本で収集した解説書や写真集の翻訳を手がけ出版してきた。日本でのグループ展や韓国での個展を開催し作品を発表してきたという。

そのイ・ピョンヨンが、このテーマに出会ったのは2006年9月。韓国政府の招きでエチオピア退役軍人と一緒に来韓した子供20人が、韓国に政治亡命を申請したニュースを見たことがきっかけだったという。

朝鮮戦争は、南北朝鮮の境界線を北が奇襲で突破したところから始まった。経験と装備において劣っていた韓国軍は押し込まれ、米軍が応援に出動する。国連では北を侵略者と認定して、その行動を非難、弾劾決議。アメリカ軍を中心に「国連軍」を結成する。

主催者の説明によると、「釜山のDaeyoun-dongには国連の記念の墓地が存在し、この墓地には11000余りの国連軍兵士の墓碑銘があります。豊かな国の兵士の遺体は本国 に送られ、それ以外の国の兵士2300余りの遺体はこの墓地に眠っています。毎年6月になると朝鮮戦争に関係した外国の大使や外国人がここを訪れます。ま た韓国大統領や釜山の市長がこの記念の墓地に花輪を手向けます。

イ(李)は祖国へ帰った兵士や、帰ることが出来なかった兵士の遺族の消息を追って、まず最初にエチオピアに取材しました。そして2008年に「The Value of Honor Vol.1」を開催しました。
エチオピアでは1974年のクーデターにより帝国から社会主義国へと変わり、朝鮮戦争で共産主義国との戦いに参戦した兵士は帝国時代は英雄だったのが一夜 にして’国の裏切り者’となりました。共産党の下でいかに苦労したかは言うまでもありません。彼らは生き延びるために’命と換えた勲章’を“1  Birr”(エチオピアの通貨単位・1 Birr=1000ウォン 約100円)で売らざるを得なかったのです。そのうえ参戦兵士のみならずその家族の命までも脅かされたのです。現在では一部の 参戦兵士やその家族は待遇が回復しましたが、そのほかは依然として苦しい生活を余儀なくされています。」

それが、写真展の題名の由来でもある。
そして、こうある。「李は朝鮮戦争に従軍した兵士には心からの深い感謝を、遺族には魂からの悲しい叫びに素直に向かい合い、韓国の人々には21の国々の尊い援助と犠牲の歴史を忘れないで欲しいと願い、このプロジェクトを続けています。」

写真は、モノクロの45点。勲章を軍服の胸につけたりした退役の元国連軍兵士、や亡くした夫の若き日のポートレートを胸に掲げる妻、祖父の写真を誇らしげに掲げ持つ孫たちなど、それぞれの顔、身を包む衣装など、個性的である。エチオピアの焼けるような太陽に曝され続けてきたせいか、それぞれの肌はひび割れ、皺が深い。こうして「消息」を追い続け、シャッターを押し続ける人の気迫が迫ってくる。

イ・ピョンヨン写真展「One Birrの勲章」

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chagale画像 投稿者:
chagale
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  • 2010/11/11更新
  • 2010/11/11登録
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