Portishead / Portishead
人に聴いてもらいたいというよりも、自分を音で表現せずには生きていられないから仕方なく音楽をやっている。楽しく笑って過ごしたくても、悲しいことばかり考えてしまってどうしようもない。ポーティスヘッドはそんな必然性を心象風景に盛り込んでしまったユニットなのではないだろうか?1st『ダミー』の世界的な成功でさえ、彼(女)らを満足させることは出来なかったが、その3年あまり後、さらに複雑化したスパイラルの得体の知れない物体をポーティスヘッドはリスナーにほっぽり散らした。変な表現だが『ポーティスヘッド』はそんな作品だと思う。
ポーティスヘッドはブリストル出身のべス・ギボンズ (vo)とジェフ・バーロウ (pro)の2人組ユニット。トリッキーやマッシヴ・アタックと並んでトリップ・ホップというジャンルを確立させた立役者である。前述の『ダミー』はシーンに数々のフォロワーを生み出し、形式だけでなくその思想面でも大きな影響を与えた。内にこもった感情が表に出てしまったかのような退廃的なリズム、限りなく殺されたビート、何も生み出さないマイナスの歌詞。全てはこれまでのポップ・ミュージックの対極に位置しており、リスペクトされるはずのない存在だと思われていた。ところが過敏なリスナーが真っ先に飛びつき、あっという間に世界に飛び火を起こしていったのだから、きっと世界は既に嘘で飾られた楽しい世界に飽き飽きしていたのだろう。彼(女)達は一躍世界にその名を残したのだ。
さて、『ポーティスヘッド』はべスの個人的な見解から述べられた気だるさを含んだ、拒絶反応の集合体だ。パーソナル・スペースがきちんと確保されていて、そこに近づくものに嫌悪する。這い上がることを最初から考えもしなかったような、底辺の悦楽を欲しているかのような印象を撒き散らすのだ。ジェフの創り上げる、さらに不安を煽るスピードを最大に削いだダンス・サウンドは身を任せることさえ恐怖を覚えるし、オーケスティックよりの美麗さがあればあるほど、繊細で近寄りがたい躁鬱を与える。”カウボーイズ”(#01)の持つ響きがアルバムを象徴しているのはシングルになったからというだけではなく、その不安定なバランスが顕著になっているということなのだといえるだろう。
悲しくて泣くということには感情がまだあるが、べスにはそこまでの意志表示はない。だが、音楽という媒体があるおかげで、この不確定な感覚が表現されたというのは非常に面白い話だと思う。なぜなら、僕らはこの音楽を聴いて、あらゆるクリップを想像し、そして無に戻ることができるからだ。
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