ジム・クラーク ティーム・ロータスの英雄
●Jim Clark 1936-1968
心震わせたフライング・スコッツ
32歳のジム・クラークが西独ホッケンハイムのサーキットで死んだことを知った時
僕の永すぎた幼年期は終わった。
そろそろ「政治」の季節を迎えつつあった
僕の‘世界’は
その時を境に モータースポーツとも
レーシングカーという言葉とも
切れた。
・
その後の僕にとっては アイルトン・セナですら
一流半のレーシングドライバーでしかなかった。
ましてや「広告看板」をボディ一杯に着けたF1なんて
無様な「走るチンドン屋」「地を這う広告塔」でしかなかった。
丁度その後くらいから この国でも
猫も杓子も餓鬼も親爺もクルマだクルマだスポーツカーだ
スーパーカーだエフワンだと 言いだしたから
足を洗うには 丁度良い頃だった。
・
競技用車輌がそれぞれの
ナショナル・レーシング・カラーとカーナンバーだけを纏い
直向きに走っていた時代こそ
僕の純血かつ純粋なFormula 1の世界だ。
・
僕は今でも時々Lotus Sevenの簡素極まるカタログを
懐かしく想い出す そして少年の日々を
「清潔で簡素な夢」と共に送ったことを 誇りに思う。
- 2003/03/28更新
- 2003/03/25登録
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コメント (5)
2003/03/25
ノラや 最後までボディーが汚れるのを嫌ったフェラーリがタイヤメーカー以外のステッカーをボディーに貼りだして15年位でしょうか?最初はアジップ, 次にマニェットマレリだったような...。F1、何年見てないのだろう
ノラや 今日のライターはフレンチレーシングブルーのボディーにBibemdum@michelinのプリント入りビックでした。
2003/06/01
崖っぷち F1の存在を知ったのは親父からでした、(今年59かな?)その親父曰く『やっぱF1は葉巻き型だよ。』、、そんな親父に数年前カーグラフィックの創刊号をプレゼントしました。(復刻版)。
崖っぷち その親父曰く、『今のスーパー7(旧ロータス、現ケーターハム)の値段はべらぼうだよ。あれはキットで100万くらいで売り出してこそ価値がある。』
雲衣。 崖っぷちサン御父君の「葉巻形F1」「7キット100万」に‘激’しく‘同’感します(笑。
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