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ニジュウシコウ

二重思考 / doublethink

「ウィンストンは両腕をだらりと下げてゆっくりと肺臓に空気を満たした。心は "二重思考" の迷路に滑り込んでいった。知ること、そして知ってはいけないこと、完全な真実を意識していながら注意深く組み立てられた虚構を口にすること、相殺し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること、論理に反する論理を用いること、モラルを否定しながらモラルを主張すること、民主主義は存立し得ないと信じながら党こそ民主主義の擁護者だと信ずること、忘れ去る必要のあることはすべて忘れ、しかし必要とあれば再び記憶の中に蘇らせて再び即座に忘れ去ること、そしてなかでも、その同じ方法それ自体にも、この方法を適用するということ。それが窮極のなかなか微妙な点であった、まず意識の状態を作り出し、しかる後にもう一度、いま行ったばかりの催眠的行為を無意識化するということであった。 "二重思考" という言葉を理解するにあたっても二重思考を用いなければならなかった。」
  (ジョージ・オーウェル『1984 』*)
                ・
「忘れ去る必要のあることはすべて忘れ、しかし必要とあれば再び記憶の中に蘇らせて再び即座に忘れ去ること」(オーウェル『1984 』)
                ・
「それ以来というもの、戦争は文字通り跡絶えた試しがなかったけれど、厳密にいえば必ずしも同じ戦争だとはいえなかった。幼年時代の数ヶ月間にわたって、このロンドン市内で込み入った市街戦が展開され、その幾つかはまざまざと思い出すことができた。が、その全時期を歴史的にたどろうとしても、また一定の時期に誰が誰と交戦していたのかということを説明しようとしても、それは全く不可能であったろう、なぜなら記録文書はおろか口伝えも、現在の体制以外に言及していなかったからである。例えば現時点の一九九四年において(いまが一九八四年だとすれば)、オセアニアはユーラシアと交戦する一方、イースタシアと同盟関係を結んでいた。公式の発言においても個人的な発言においても、三超大国が現在と異なった路線で結ばれていた時期があったと言及することは許されなかったのである。現実には、ウィンストンもよく承知していたように、わずか四年前までオセアニアはイースタシアと交戦し、ユーラシアと同盟関係を結んでいたのだ。しかしそれは内密の知識の断片にすぎなかったし、たまたまそれを持ち続けていたのは、彼の記憶が完全な統制下に置かれていなかったからである。公式には交戦の相手国は一度も変わっていないということになっていた。オセアニアはユーラシアと交戦中であり、したがってオセアニアは絶えずユーラシアと交戦関係にあったのだ。当面の敵は常に絶対的な悪を代表し、当然のように過去、未来を問わず相互の協調はあり得ないという論理であった。

 おそろしいことは、と彼は幾度もそう思いながら両肩を苦しそうに後ろへ引いた(両手は腰に当てて上半身を回転させていたのだが、それは背筋にとって有効な体操と考えられていた)----恐ろしいことは、それがすべて真実になるかも知れないということであった。もし党が過去に手を加えて、あれもこれもかつて発生したことのない事件だと宣言できるのであれば----それこそ疑いもなく、単なる拷問や死よりもはるかに戦慄すべきことではなかろうか。

 党はオセアニアが一度もユーラシアと同盟関係を結んだことがないと言っていた。しかし彼、ウィンストン・スミスはオセアニアがわずか四年前にユーラシアと同盟関係を結んでいたことを知っている。が、この知識は一体どこに存在しているのであろうか。いまや彼の意識内にしか存在しないのであり、それもいずれは抹殺されるに違いないのだ。そしてもし他の人たちが党の強いる虚構を受け入れるなら----あらゆる記録が同じような虚構を述べるなら----その虚構は歴史の中に組み込まれて真実となってしまう。「過去を支配する者は未来まで支配する」と党のスローガンは謳っている。「現在を支配する者は過去まで支配する」にもかかわらず、過去はその性質からして改変が可能でありながら、ついぞ改変された試しがなかった。当面、真実とされるものは未来永劫にわたって真実であった。操作は簡単そのものだった。必要なことは自分の記憶力に対して果てしない勝利を樹立しさえすればよかった。"真実管理(リアリティー・コントロール)" と、それは呼ばれていた。新語法では "二重思考(ダブル・シンク)" といわれた。「休め!」女の体操教官は、ずっとおだやかな口調で叫んだ。」
  (オーウェル『1984 』)
                ・
「開戦後、社会科の教師が『フセインは化学兵器を持つ』と話した。シャルロットさん*が『でも、その兵器は米国があげたんです』と言うと、教師は『君は間違っている』と答え得た。同級生たちはまたニヤニヤ笑った」
  (『朝日新聞』2003年3月27日付「13歳米少女が反戦演説」)
                ・
「過去を支配する者は未来まで支配する」(オーウェル『1984 』)

                ・
「現在を支配する者は過去まで支配する」(オーウェル『1984 』)

                ・
●建物の脇を歩く国務省の男の姿
祖父の声「再現するそうだ」
エドガーの声「いいんです。事実が伝説になるなら伝説を選ぶ」
"彼女" の声「あの人は?」
再び画面は黒味に。
国務省の男の声「国務省のサミュエル・ウェルズ」
◆インサート文字『昔の記憶=保存資料(アーカイブ)』
"彼女" の声「なぜ国務省が?」
(ジャン=リュック・ゴダール『愛の世紀』*再録シナリオ)

【NOTES】
*『1984 』:英国の小説家ジョージ・オーウェル(1903-1950)によるディストピア小説(ユートピアとは逆の悪夢のごとき社会を描き出す小説)。オーウェルの死の前年にあたる1949年に発表。62カ国に翻訳、1500万部が売れる。『1984 』のなかで主人公のウィンストン・スミスが子供の頃の記憶をたどる部分で「もしかしたら、原爆がコルチェスターに落とされた時期だったかも知れない」と述べているのは、この作品が日本に原爆が投下された1945年の後に書かれているため。1945年のオーウェルの代表作に『動物農園』がある。『1984 』からの引用はすべてハヤカワ文庫の新庄哲夫訳。『1984 』で描き出された窮極の管理社会・警察国家の具体的イメージは、映画『未来世紀ブラジル (BRAZIL)』(1985年 / 米・英 / 143分 / 監督:テリー・ギリアム / 出演:ジョナサン・プライス、キム・グライスト、ロバート・デ・ニーロ )に具現化されている。

*シャルロットさん:米国メーン州プレスクアイルに母親とふたりで暮らす13歳のシャルロット・アルデプロンさん。「イラクの子供たちはどうなるの?」・・・「みんなが破壊しようとしているのは私みたいな子ども」・・・「殺されたり、傷つけられたり、将来を盗まれると思うと悔しいです。いつも側にいてくれるお父さんとお母さんがほしいだけなんです。そして、最後に。私たち、何か悪いことをしたでしょうか。わけが分からなくなってるんです。」(藤原泰子訳)という彼女のスピーチがスペイン語、フランス語、日本語、ウルドゥー語など様々な言語に翻訳され、インターネットを通じて世界中を駆けめぐっている。http://www.wiretapmag.org/story.html?...
彼女のスピーチの全訳 ↓ 
http://www2.asahi.com/special/...

*『愛の世紀』:2000年度製作。フランス=スイス。97分。白黒・カラー。スタンダード。ドルビー・ステレオ。日本公開、2002年春。「昔の記憶=保存資料(アーカイブ)」(この映画のスクリーンに何度も現れるインサート文字)。「そう、私たちの眼差しは管理されたプログラム。予算計画と同じ。映像だけ。無を打ち消す映像だけが、私たちに向けられた無の眼差し」(『愛の世紀』"彼女" のセリフ)http://www.godard.jp/

二重思考 / doublethink

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Lucy画像 投稿者:
Lucy

コメント (2)

2003/03/28

拾得 見当はずれかもしれませんが、「1984」の映画、美術がとても良くて印象深かったですよ

2009/06/13

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