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張鼓峰 慰霊の旅

防川村 3国国境展望ツアー

  • 防川村 3国国境展望ツアーの画像

ネットという情報はオモシロいもので、(世界各地の)万人が、それぞれの関心や目的に応じた情報を載せてくれるのは良いんです・・・が。その掲載者たちの間に政治体制の違いが横たわると、共有すべきデータ認識が「見事にすれ違ったまま完結してしまう」^^;という悲劇が起き得ます。

きょうはこのコラムを通じて、そんな「すれ違い情報」のひとつを連結させたいと思います。

さて。ご紹介するのは、中国観光の名所めぐりで、かの地の政府が日本人旅行客に誘っているコースのひとつ。東北部は吉林省の、《防川村 3国国境展望ツアー》でございます。国内向けには、『鸡鸣闻三国,犬吠惊三疆』(鶏鳴けば3国で聞こえ、犬吠えれば3州が驚く)という古臭いフレーズ^^;の観光キャンペーンで知られるんだそうです。

その景勝地、《防川(アンチュアン)村》 ──。

ま、前述がごとく、中国-北朝鮮-ロシアを割る3本の国境線が、この村の最南端でひとつに交わります。具体的には、露朝国境である豆満江(という河川)の東岸、すなわちロシア領側に半ば「飛び地」として《防川村》が、南北に細長く「へばり付いている」ため、そういう話になります。

ナンで、そこだけ(中国なのに)ロシア領内にあるのか? といえば、ずっと中国本土と「地つづき」につながっていた河岸地帯が、1970年の大洪水によって豆満江の蛇行が早まり、いっきに「中国領だった地表をえぐり取ってしまった」から、です。

当時はまだ、中露の国境紛争が(あちこちで)キナ臭く匂っている時期でした。あわてた党政府は、そりゃもう!突貫工事で「ちぎれた村」と本土をつなぐ連絡路(=堤防道路)を築いたのでございました。さらに、村内の高台には(前述の)3国の地平をぐるりと見渡せる展望台施設が建てられ、駐車場や舗装路もキレイに完備され、国内有数の観光名所として整備が進みました。

あえてロシア人や韓国人らも訪れやすい場所(=観光地)としたのには、もちろん、「ここはたしかに、われわれ中国人が実効支配しているんですよォ!」との『既成事実』を世界じゅうに知らしめ続ける意図があったでしょう。添付した航空写真を見ても、ロシア領との境界にべったり沿った施設の区画取りがお判りかと思います。

で。

ここからが、申し上げておきたい「本題」です^^

つまりね。以上のよーな文章を読んでくると、「へえ。中国共産党政府って、旧ソ連と難しい関係が続いたりしたワリには、ちゃっかり自国領を護りおおせてるじゃん。その点、日本はダメだよなー」 ってな感想を持ちかねない^^; じゃないですか、今の日本人って。

だとすりゃ、トンでもない「歴史誤認」です。

いったい誰が、きょうまで《防川村》を中国領につなぎ止めたのか ─── コトの次第は、ちゃんと「話を最初から読まなきゃ」イケません。

清朝初期のころ、ここは彼ら中国人の領土でした。ですが例の欧州列強の侵略でもって、1860年に屈辱の北京条約。外国への領土割譲が進み、当地の北方ギリギリまで、帝政ロシア政府がにじり寄ってきました。しかも条約発効後の施政において、実際の運用上は両国の境界線の起点となる川原に、両政府が国境碑(土字牌、1886年)を立てるという、原始的かつあいまいな分界手段しか採られませんでした。

中華民国の時代〔1912年- 〕になっても、ロシア人(のち、ソビエト人)がいいように仮想の境界線を越えて(=南進して)豆満江まで行き来する。そんなことが事実上、まかり通りました。

それが自由にできなくなったのは、この地に関東軍が来てからです(満州国建国|1932年)。日本人は清朝時代の約束の遵守をソビエトに求め、この東岸一帯に監視兵を置きました。そうするとソ連人は、「なんだとコノヤロ。おめェらなんかと国境を決めた憶えはねーよ」と内心、思うワケです。中国人の土地をチョイかすめ取ったって、横から出て来た日本人にとやかく言われる筋合いはない、と。

1938年、この東岸にあった標高150メートルの丘陵に突如、彼らは大軍を率いて猛烈な侵攻を仕掛けてきます。この丘陵さえ制圧すれば、目障りな関東軍どもを対岸に追いやったも同じでした。

日本史に言う、《張鼓峰(ちょうこほう)事件》の始まりです。 > 交戦記録図(ソ連側資料)

2週間に及ぶ激闘の末、関東軍は何百人という若き精鋭兵を失いますが、この丘の一線を守り抜きます。ソ連はソ連で、小さな丘ひとつ落とすことも出来ず、日露戦争以来の苦汁をなめる結果に屈します。このあと日ソ中立条約から、のちの一方的破棄。シベリア抑留や「北方領土」併合への「日本人、憎し!~怨念の伏線」は、この『ドロー戦での喪失感』に確定した・・・と言っても過言ではありません。

ホント、よく闘った日本人。

もう、おワカりですよねー。呆れたことに、実は、

  《張鼓峰》周辺域=現在の《防川村》

です。たったこれだけのデータリンクが、インターネット上には(ほとんど)張られていません。現・中国政府は口が裂けたって、「この地を日本兵が守ってくれた」とは言いません。ましてや「防川村の平穏が在るのは、ひきかえに日本の国後島や択捉島がロシアに奪われてくれているおかげだ」と感謝したりもしません。

満州国自体が「総論、侵略」の産物だから、細かい「恩恵」は歴史から封殺する? まあ、そーゆう根性自体は、(今さら)もうどうでもいい^^;です。

・・・ただ。

こんなキーワードを今、ここに登録した意味は。

日本人のみなさんに「だけは」言いたくて ─── けっして!観光ツアーで《防川村》へなんぞ、楽しんできてほしくない、と。慰霊の旅として《張鼓峰》へ、もっともっとたくさんの!日本人が訪ねてほしい。そして展望台に着いたなら、中国人客や韓国人客がキャーキャー無邪気な歓声あげるのは放っといて、心静かに、野辺に一輪の花を手向けて欲しい。。。
 
 
ただ、それを願うばかりだから、なんですね。心やすらかにお眠りください。あなたがたの祖国は、今も元気でやっています。日本人に生まれて本当に良かったです。 ・・・・ 合掌。
 
 

防川村 3国国境展望ツアー

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す⊃ぽんはむ画像 投稿者:
す⊃ぽんはむ
詳細情報
  • 年(代): 1938年
  • 地域: 中国/吉林省
  • 原題: 中、俄、朝三国交界
  • 2010/11/26登録
  • 1842クリック

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