おわるせかい
終わる世界
HPサイト。これも信じる信じないではなく事実か偽物かという二分律を隔てる境界、断層が無効化していることの表れとしての創作の亜種であることは確かかも。「あとXX日」自らの命を絶とうと決めた日までの日記。「では行ってきます」自殺当日zedoc(サイト管理者)は言い残して「あの場所」へと向かう。以後彼の消息は知られていないのだが、これはフィクショナルな出来事がライトノベル的な既存作品のデータをもとにそれらの要素を絡みあわせパッチワーク状に仕上げるという現代創作の端にある一つの偽装工作。なんだけど面白いのはそうしたfictionalな要素要素の絡みあわせエピソードからほころびおちる、否その網目から浮上する作者自身の創作者としての、また90年代のサブジャンルの中、軽さの商品の中でそれでも自己の存在意義と衝突せざるをえない場の一極平状化としてのsuperflaticalなインターフェース上の記録としてこれは読まれるべきであると思う。「自殺」という重鎮なテーマを安易に実存主義的、不条理哲学を結わえてはならなくて「自殺」というサブジャンル、たとえば格闘ゲームで死亡するキャラクターがその場でリセットされまた初めから生を再開することができるようなiconとしての記号「自殺」のbuttonがこの作者の内面には突起物としてあるということである。つまり、これは思考する「自殺」においては自分の生きる道を掘り下げていくのでなくそうした内面の突起物をできる限り視覚可能で語りやすい場に持ち上げようとする新しい闘争の記録として読まれるべきである。とはいえこの書かれたものがそれほど有意義かといえばまったくそんなことはない。そんなことはなくてこれはただの素人創作の噴飯レベルに堕していることは商業レベルにおいても芸術審級においても疑う余地はない。だからこれはちょっとでも見えているものを疑うための文字による「過」視化(過剰に視覚化)するための実験なのだ。
でも長々と言った上でもうしわけないのですが、このサイトが本当か偽物かのいずれかという確証は得られておりませんです。
- 2003/04/12更新
- 2003/04/12登録
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