なかじまひこうきせいさくしょとうきょうこうじょうあとち
中島飛行機製作所東京工場跡地
中央線荻窪駅から青梅街道を西に下り、荻窪警察署・荻窪消防署をすぎた辺りで右側(北)を見ると突如として建物がほとんどない広大な空間(東京ドームの球場以外も含めた総敷地面積くらいの)が広がっているのに驚かされると思います。
この土地は地元民には「日産荻窪工場跡地」として知られているんだけど、元々は大正14年11月に建設された中島飛行機製作所東京工場だったんだそうな。
…って言っても知らない人は知らないだろうから書いとくと、中島飛行機製作所とはライト兄弟の動力初飛行からたった16年後に海外の飛行機とのコンペティッションに勝つまでの飛行機を作りあげた日本の飛行機メーカの先駆けであり、有名な「隼」や、戦後アメリカから非常に高い評価を受けた「疾風」を開発した飛行機メーカなんであります(軍からの要請でライバルメーカである三菱の零戦の下請け製造をやらされちゃったりもしてるけどね)。ちなみに、太平洋戦争末期には国営化され、戦後はGHQに解体されちゃいました。
戦後、工場はプリンスを経て日産のものとなり(高い塀と有刺鉄線に囲まれ警備の為の高い櫓まで残されていたので初めて見た時は何事かと思った)、国産宇宙ロケット開発研究所として日本のロケット開発を縁の下で支えてきたらしいのですが、カルロス・ゴーン氏が日産の社長就任後、土地代の高い都内の不動産の売却という方針の元であっというまに売却され今は日産のディーラがぽつんと取り残された状態の更地になってます。
現在は東の半分が「暫定的」に「桃井はらっぱ公園(仮称)」として一般に公開されてますが、高層マンションの建築だの防災の用途にも使える公園を作るだの(一時期はショッピングモールを作るとかいろいろととりざたされてましたが)の計画で目白押しのようです。やれやれ。
これだけ広い空間なんだから更地のままにしといて「杉並区で一番空の広い空間(23区で一番と言うには皇居を持つ千代田区が邪魔)」として売り出せないものかなぁ、と思っちゃいます。
で、さらに中島の歴代飛行機(アメリカにはいろいろと残ってるんだし)や、日本の国産ロケットの歴史を綴るミュージアムなんかがあれば最高なんだけどな。
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リンクは中島飛行機製作所についての物語。
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