てるひめまつりととしまけのおたからさがし
照姫祭りと豊島家のお宝探し
5月11日(日)東京は練馬区石神井公園周辺で「照姫祭り」が行われた。今年で16回目のまだ歴史が浅い東京のローカルイベントである。最近は安・近・短といわれて安くて近くのイベントに人が集まる。特に今年は旅行は敬遠されている。そのためか「照姫」にも人が多数群れていた。
<この祭りの謂われ>
室町時代の文明9年(1477年)石神井・練馬両城の城主豊島泰経は太田道灌に攻められ落城する。この落城の悲劇はさまざまな伝説を生み後世に伝えられている。城主豊島泰経は闇に紛れて城外に落ちのび、平塚城で再起を図った。しかしこの城も道灌に攻め落とされ小机城(横浜市神奈川区小机町)にのがれたが包囲され滅ぼされてしまった。これを最後に豊島泰経は歴史から姿を消すことになる。平安朝より400年続いた名家の滅亡である。
東京石神井の地元では落城の時、照姫様が豊島家重代の金の乗鞍を背負って池に身を投げたとされている。その金の輝きが池の表面にかなりの間、残っていたらしい。
「金の鞍と宝」探しが後の世に始まるのである。明治41年には東京都知事宛に宝探しの許可願いを出した地元民がいる。これは許可になり、宝探しで石神井村一帯は時ならぬゴールドラッシュ騒ぎになったらしい。機械を使った探索器も登場したり、潜水夫を使って本丸下を探したけれどいずれも不発。宝物は発見できなかったのである。
ということは宝物はまだ池に沈んでいるか、そもそも宝物はなかったか、誰かが秘蔵しているのか、いずれ分からぬ「お宝伝説」なのである。
「照姫祭りと豊島家のお宝探し」を検索
このキーワードを共有する
-
メイン
コメント (0)
まだコメントされていません。
つながりキーワード (1)
関のボロ市
- (スズキシゲオ)
練馬区の西端に位置する本立寺門前で開かれる祭 本立寺お会式とともに開かれる祭。江戸時代中期/宝暦元年(1751年)以来行われており、練馬区の無形文化時にも指定されている...






関のボロ市
稲森いずみ
レオナルド・ダ・ビン...
黒田エイミ


