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薬師寺玄奘三蔵院の大唐西域壁画を全点展示

「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」

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東京国立博物館平成館で18日から始まった展覧会を見に行ってきた。
2009年12月に永眠された平山画伯が、奈良・薬師寺の「玄奘三蔵院」に納めた13面の壁画が薬師寺を出て、初めて公衆の目に触れる、というのが最大の目玉だ。
紺碧の天をつく白銀の須弥山「西方浄土 須弥山」や、朝日に輝く巨大な塔「明けゆく長安大雁塔・中国」が、厳かな雰囲気を醸す。いつもは足元から立ち上がる壁画が、観衆の目の高さからせりあがって展示されている。圧倒される。

展示は、「文化財の保護と継承――仏教伝来の道」という1部と、第2部が「文化財保護活動の結実」と銘打った「大唐西域壁画」の展示という構成になっている。ちょっと構成が理屈っぽう感じがしないでもないが、順路に従って第1部の序章「平山郁夫 取材の軌跡」から会場に入っていくと、画伯が取材をした各地のスケッチの数々が「参考出品」として並ぶ。20点ほどのスケッチのいずれも、いとも淡々と描かれたもののように見えて、その一つ一つが味わい深い(山梨・平山育夫シルクロード美術館所蔵品)。

その背面には、画伯が取材をした各地が世界地図にプロットされている。その取材地の数にも圧倒される。そもそも、この画伯の取材の旅、玄奘三蔵への感謝の気持ちからスタートしているのだという。

画伯が薬師寺に壁画を収めた2000年の大晦日、平山さんは「二十一世紀を期して玄奘三蔵にささげました」と言ったそうだ。翌年1月5日の朝日新聞「ひと」によると、次のようだ――。
少年の日、広島で被爆した。後遺症と闘いながら一九五九年、平和への祈りを込めて院展に出品、注目されたのが玄奘に題材をとった「仏教伝来」だった。 「玄奘は、恩人です。彼の歩んだ道を歩きたい」。六八年から足跡を重ね合わせる旅は百三十回。ヒマラヤでは凍える手でスケッチの鉛筆を握った。「雪山を前にすると、アリよりはかない存在だと感じた」

薬師寺への壁画献納も画伯の方からの話であったらしい。
 寺に玄奘をたたえる建物を造る話が持ち上がった二十数年前、高田好胤管主に誓った。「昭和のモニュメントとして何か考えましょう」。それが壁画だった。
 「依頼画ではない。私の方が献納する、二十世紀末までに仕上げて、と」。そう約束した高田管主は、すでに亡い。

1部の各遺跡の仏教遺物は、あるいはアフガニスタン「バーミヤン」の破壊、各地で起こる戦乱で流出する文化財……、そんな文化財への危機感が個人的に収集したり、保護を訴える運動をした、その文化財が並ぶ。バー見アンの壁画の仏陀坐像などの多くは「流出文化財保護日本委員会保管」とされていた。さらに敦煌の幡などは東京国立博物館所蔵、西安・洛陽の仏頭などは大阪市立美術館の所蔵品も並んでいた。


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chagale
  • 2011/01/21登録
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