鉄道廃線跡を歩く
鉄道エッセイで有名だった宮脇俊三氏の遺作となったシリーズ。
そんな彼が最期に書き残したのは、最期を迎えて消え去った鉄道たちの現在の姿であった。
その亡骸が今も残り続ける場所は少なく、ある鉄路は道路に組み込まれて跡形もなくなり、またある鉄路はトンネルや橋脚のみを残して消えてしまったりと、大抵はその鉄路が走った証拠を隠滅されてしまう。
しかし中には運良く生き長らえた(?)廃線跡もあり、そこは過去を偲ばせるように今も息を殺しつつ生きていたりする。
さらに悲しいのは一度も線路が敷かれずに終わってしまった「未成線」と呼ばれる工事途中に放棄された路線で、ここにはそれらも掲載されているのだ。
日本の数多くの鉄道計画の果てにリストラされた悲劇の弱小路線たちの悲しい姿がそこには収められている。しかも悲しい事にそんな路線ほど雰囲気があって旅情をかきたてるような線ばかりだったりした…。
これを読むと日本の鉄道とは一体何だったのかを考えさせられる気がします。合掌。
そして宮脇俊三氏の御冥福を慎んでお祈り致します。
- 2003/06/15登録
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