東京国立博物館の特別陳列
黒田清輝と京都
近代美術シリーズの切手の一枚になっている重要文化財の「舞妓」を初めとした黒田清輝の帰国直後の一連の作品が展示されている。3月13日まで、本館18室で。
黒田は1866年(慶応2年)6月29日に鹿児島で生まれた。すぐに、維新後は、東京府大参事、文部少輔、さらに元老院議官となる伯父の養子として東京・麹町に育つ。法律を勉学する目的からフランス語を学び、1884(明治17)年に義兄がフランス公使館に赴任するのに同行する形でフランスへ留学する。そこで出会った画家山本芳翠(1850-1906)、工部省留学生としてパリで学んでいた同じく画家の藤雅三(1853-1916)、そして浮世絵の輸出で知られていた美術商の林忠正(1851-1906)たちから、しきりに画家となることを勧められ、画家を志す。
今回の特別陳列は、1893年夏に9年間におよぶフランス留学を終えて帰国し、同年秋、初めて京都を訪れることになった時代のものだ。留学中、絵画の師であったラファエル・コランほか多くのジャポニザン(日本趣味を持つ人々)と交遊した黒田は、帰国直後のこの京都旅行で、初めて日本の伝統的風俗に触れた。
博物館の説明文によると、黒田は「京都に来て始めて日本と云ふ一風変つた世界の外に在る様な珍しい国に来た様な心持がしました」と述べ、また舞妓について「西洋人が日本の女は小さな奇麗な鳥見たやうなものだと云ひますが、成程奇麗な触はつたら壊はれさうな、一つの飾物だと云ふ何しろ珍しくてたまらない様な感じが起つた」と述べているという。
さらに、「帰国間もない黒田は京都を異文化としてとらえていたようです。この時期に、≪舞妓≫や大作≪昔語り≫など、溌剌とした作品が生まれています。本展示では黒田清輝が京都を題材に描いた作品を通じて、黒田と、彼にとって重要な制作の場となった京都との関わりを再考してみたいと思います。」と展示の狙いを述べている。
東京国立博物館には、黒田の遺産と作品が国に寄贈されたことを契機に建てられた黒田記念館をもつが、木曜日と土曜日の午後という限られた時間の会館だけに、今回の展示に含まれる作品を記念館に見る機会は、あるようでなかなか見られない。その代わりにデジタルでずいぶん公開されている。
- 2011/02/13更新
- 2011/02/13登録
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