バールのようなもの
先日、テレビのニュースで久しぶりに「バールのようなものでドアをこじ開け」というフレーズを聞いてニタニタしてしまった。
清水義範が小説に書き、のちに立川志の輔が新作落語に仕立てた「バールのようなもの」というターム(のようなもの)は、既に市民権(のようなもの)を得てたものと思ってた。
もはや含み笑いなしでは口にできないフレーズなんだと思っていたが、依然ニュースでは真面目な顔で普通に使われているらしい。
清水義範の小説では、「バールのようなもの」は絶対にバールではないという理論で物語が展開する。
たとえば「鬼のような顔」と言ったときのその顔は鬼なのだろうか、いや、違うであろう。
「たくあんのような味」と言った場合のその食べ物はたくあんなのか、いや、たくあんではない他の何かであろう。
同様に「バールのようなもの」はバールではないはずだ。では一体何なのだろう。
という問題提議はほぼ正しく思える。
『Like a virgin』のマドンナは、処女ではないし、『COMME des GARCONS』の川久保玲は少年ではない。
しかし、「フリーターのようなことやってます」という若者はフリーターではないのだろうか。
「デザイナーのような」「DJのような」「モデルのような」ことをしている人はどうか。
「恋愛のような」ことをしながら「浮気のような」ことをしつつ「遊びのような」「仕事のような」ことをするのが「人生のようなもの」だという言い方も可能ではないか。
「のようなもの」の歴史を遡ってみると、まず落語『居酒屋』が思い浮かぶ。
三代目三遊亭金馬が十八番とした『居酒屋』では「えー出来ますものはツユ・ハシラ・タラ・コブ・アンコウのようなもの…」と品書きを捲し立てる小僧に、客が「じゃあ、その『のようなもの』をくれ」とボケる。
「アンコウのようなもの」はアンコウじゃないのかといえば、まぎれもなくアンコウなのだ。
ちなみに森田芳光の映画『の・ようなもの』もそのフレーズから引用したタイトルだった。
落語家のようなものたちの青春群像のようなものを描いている傑作(のようなもの?)
でもなぜ居酒屋の小僧はアンコウと言い切らず、「アンコウのようなもの」と言ってしまうのだろう。
「じゃあ、その『のようなもの』をくれ」という客はなかなか鋭いのではないだろうか。
ここから哲学的あるいは言語学的な問いが生じてこないだろうか。
ハインゼンベルグは来日時『居酒屋』を聞いて「不確定性原理」を着想し、ソシュールは一般言語学の講議中、たまたま日本人留学生が仏訳した『居酒屋』を読んで感激したという話は聞いたことないが。
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コメント (8)
最新コメント5件
2003/08/19
ミノル 「鈍器のようなもの」も確かにおかしいですね。「鈍器で」で良いでしょう。ただ「のようなもの」と付けたい気分はわかるんです。話しことばの不思議なところです。
2003/08/20
ya-ma-ne 犯罪報道の場合においては、凶器の実物を見ていないで推論するため、~のような物と言うのは仕方ないんじゃないのでしょうか?殴られた人にはそれが鈍器と呼べる物だったかどうかわからない、こじ開けられた事実はあり壊れぐあいからバールだろうけどそのときの道具を誰も見ていない、ということで。
ミノル 辞書によると「鈍器」は、
『(1)刃はないが、固く重みのある金づちや棒などのような器具。
例「―で頭をなぐられる」
(2)鋭利でない刃物。
⇔利器』
とありますので、金づちや棒、灰皿、壷、椅子、などなどを含んでいるわけです。
ですから、「鈍器のようなもの」という言い方は冗長で、辞書の例にあるように「鈍器で」で良いのです。
何か固い物で殴られたならその固い物が「鈍器」です。
それに加えて、たとえば「肉のような味」だと表現する食べ物は肉ではないわけですね。
普通は誰も肉を「肉のような味」とは言わないわけです。
「少年のような人」は少年ではないわけです。
この理屈で言うと「鈍器のようなもの」は鈍器ではないという解釈が成り立ち、
「バールのようなもの」は「バール以外の何か」を示すわけです。
実際はバールかもしれないのに。
あえて言うなら「バールらしきもの」という言いかたの方が良いのかもしれません。
しかしこれは一種の思考実験というか言葉遊び「のようなもの」ですね。
2003/08/21
ミノル 一瞬何をおっしゃってるのかわかりませんでした。「バール」でもいいんじゃないですか。すごいすごい。気付かなかった。「ブラッセリー」かな?
2004/09/07
菜 バールのようなもの、志の輔師匠の高座をテレビで聴きました。
おもしろい。
もともと清水義範さんの本はけっこう好きでしたが、落語で聴いても面白くて、それが嬉しかったです。
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