Eminem / The Slim Shady LP
詰め込む言葉がないのなら語らなければいいのに。お気楽なヒップ・ホップのPVを見るたびに、僕は飽和した音楽シーンへ嘆息を漏らす。思想であったパンクでさえただのファッションと化した昨今、貧困で中途半端なアルバムを何度もプレイヤーに載せるなんて時間がもったいなくて仕方ない。でも、ここで僕は言いたいのは、あくまでもメジャー歌謡を否定するつもりは全くもってないってこと。そして、本物はその対極に位置して僕を躍動の渦に巻き込んでくれるってことだ。
エミネム(本名:マーシャル・マザーズ、エミネムはその頭文字のM&Mをとって名づけられた)の登場は単に白人ラッパーでライムが上手い口の減らない奴が出たってことじゃなく、掃き溜めの中に溜まってしまった危険を表現してくれるアーティストが出たって事を実は意味している。12歳のときからデトロイドを転々とし、友人がいなかったエミネムを勇気付けたヒップ・ホップはやがて彼の中でなくてはならないものへと成長を遂げ、ライムを綴り続ける人生を歩ませることとなる。リリック・ノートに常に書き連ねられた言葉、それでも足りずにいたるところにペンを走らせたエミネム。14歳の時にD12を結成、以降ラッパーになろうとハイスクールを中退し、音楽に人生を捧げた。
そして、念願かなって96年地元のインディ・レーベルからアルバム『Infinite』を発表。だが、このアルバムのセールスははっきりいってさっぱりだったという。しかし、彼にはあくまでそれは成長の一つとしてしかなく、エミネムの本格的始動はこの失敗から得た自己表現探求からなる。そして、彼がそこから思いついたコンセプト”スリム・シェイディ”は、神をも怖れぬ最低の言葉を吐くリリカル・マドラーという架空の人物の存在だった。その役になりきる事で自分の吐く言葉を正当化できる、エミネムはそう信じて97年からアンダーグラウンド・ヒップホップ大会に顔を出しては腕を上げていった。同時期に作製された『スリム・シェイディEP』はじわじわ売れ、アンダーグラウンドで2万枚のセールスを獲得。その後、ヒップ・ホップのゴッドといわれたドクター・ドレがその音をラジオで聴き、エミネムの存在に惚れ、自身のレーベルで契約を果たして『スリム・シェイディLP』は生まれるわけだが、デビューもまた彼の成長の一部分でしかなかった。
"My name is"(#02)で語られるシットは常軌を逸していた。既に彼はフリーなスタイルを獲得し、世間に縛られること無く言葉や韻を踏むことができたのだ。このアルバムには彼の世間に対するムカツキや有名人への惜しみないアイロニー(皮肉)に溢れている。さらに、セールスが300万枚を越えた1年後矢継ぎ早のように『ザ・マーシャル・マザーズLP』を発表、1週目にしてセールスのトップ1(その後8週連続記録を建てる)を獲得し、世界的にその名を轟かせたのだ。
現在,エミネムは映画『8マイル』のヒットでさらにその認知を深めた。で、結果、日本での俄かなヒップ・ホップ・ブームはさらに躍進した。MTVやスペースシャワー、タワーやHMV、1日ずっといてその勃興を眺めてみればいい。5年先には誰もプレイヤーに載せることがなくなって中古CDの買い手もみつかることはないだろう。紛い物では絶対に表現できない努力と成長を続けているエミネムが輝いてみえるのは実はしごく当たり前のことなのだ。
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